Scene.2-5
そうこう騒いでいるうちに、隣の部屋の二人はコトを始めたようだ。
シャワーを浴び、成陵の制服に着替えた斉木さん――いや、今はユリカか。
彼女と、バスタオルを纏った男性がベッドの前で抱き合っている。
男性は、四十〜五重代、といったところ。頭髪は薄く、恰幅がいい眼鏡のおじさん。瀬野って言ったっけ。
私がイメージする政治家センセイ像をそのまま立体化した感じで、妙に納得した。
奥さんとか、高校生や大学生の子供が一人や二人、いるんじゃないかなーと思うんだけど、
自分の子供くらいの女子高生とこういう如何わしいコトするっていうのに、罪悪感は湧かないのだろうか?
……あぁ、もっとも身近にそういう例が居たんだっけ。
父親と吉川さんの顔が頭を過ぎる中、画面の中の男性が、ユリカに触れながら、
「ボクが最初の客なんだって?」
と訊ねている。そうか、鳴沢が教えたのか。
「……はい。だから、優しくしてくださいね?」
彼女の声音は、リラックスしているように聞こえた。意識的にそう努めているのかもしれない。
画面を見た感じでは、熱っぽく瀬野を見つめているようにも窺える――まぁ、フリなんだろうけど。
「勿論だよ。君みたいに綺麗な子なんて初めてだからね。じゃあ――触るよ? いいね?」
「んっ―――」
小さくユリカが頷く。すると、瀬野は制服のブレザーの上から、彼女の小さな胸の膨らみを撫で上げた。
彼女も、その動きに合せて僅かに声を洩らしている。
……反射的に、三宅の横顔を見てみた。あぁ、予想通り食い入るように見てる。
意外だったのは、その隣の神藤も同じくらい真剣に画面越しの二人を見ていたこと。
普段はこんなに夢中にならないんだけど……。
いや、そういえば神藤は静止画の女性にしか欲情しないんだっけ。そう考えれば納得だ。
私が画面の外の二人に気を逸らしているうちに、中の二人はどんどん盛り上がっていく。
いつの間にかユリカのブレザーは脱がされていて、ベッドに横たわっている。ブラウスのボタンを外した間から、
瀬野が直接手を差し入れて胸に触れている様子。
欲望剥き出しになりつつある粘っこい瀬野の息遣いが、生理的に受け付けない。
「……気持ちいい?」
「ん……は、い……」
嫌悪感はあるだろうに、恥らうような仕草で応えるユリカ。シゴトと言えど難易度高いな、と思った。
私だったら絶対我慢できないだろう。
まぁどうせ、こんな目の肥えたお偉いさんに選ばれることなんてないんだろうから要らぬ心配か。
「早くブラウス脱がせちゃえよ、オッサン。グズグズしてンなァ」
じれったく感じているのか、少しイライラした口調で三宅が言った。
「勢いだけの童貞はこれだから……。少しずつねちっこくヤってくのが、こういうオトナのオジサマ達なんでしょ」
「フーン。じゃ水上もこういう感じにされるのがイイってことか」
「………」
私は答えなかった。この瀬野という男性があまり受け入れられないのもそうなのだけど、
男性経験の無い私が答えるのはどうかと思ったからだ。
返答の無い私のことなど気に留めず、三宅は相変わらず二人の様子に噛り付くように見ている。
瀬野は、ブラウスを脱がせてから、キャミソールやブラジャーを外した。
セットアップなのか、淡い紫ベースの花柄が剥がれると、ユリカの上半身があらわになる。
「おぉースッゲ!! 亜美チャンのヌード、マジでキレーじゃん!」
三宅が騒ぎ出すのも無理は無い。
思ったとおり、スリムだけど細すぎず、適度に筋肉がついて引き締まったライン。
胸もあまり大きくないけど……B、あるかないか位、かな。私も自分以外の胸を目にする機会が無いから自信が無い。
胸の中央にある飾りも、淡いピンクベージュで、あまり遊んでいないのかなという印象。
「それにしても、スタイルがいいね。まるでモデルさんみたいだな」
「……ありがとうございます」
瀬野の言葉には同意する。美人っていうのは身体も美しいものなんだと感心しちゃう。
「そういう仕事したらいいのに。ボクは芸能関係の知り合いもいるんだよ。いつでも紹介してあげる」
「……機会があったら、お願いしますね」
偉い人っていうのは、どうしてこう、顔広いアピールするんだろうか。
あまり興味が無いのか、ユリカは笑顔を浮かべてそう返すだけだった。
そんなユリカの胸に覆い被さるよう、先端に瀬野が吸い付くと、ユリカは身体を小さく震わせながら啼く。
「んっ…ぁ、…ふっ……」
「気持ちいいかい?」
「ぃ、いい……気持ち、いい」
「そうだろう」
ユリカの反応に満足しているといった風な様子で、瀬野の舌が彼女の胸全体を嘗め回す。
「こういうコトはね、同年代の子とするより、ボクみたいなオトナとしたほうが気持ちいいんだよ」
「ん……ぁ、はっ……」
オトナ、か。
いいオトナが、しかもそれなりに名のある政治家が女子校生を買うっていうのは誉められたコトなのか?
「ほら、もうこんなにツンとしちゃってる」
「ぁっ……!」
存在を主張し始めた胸の先を、甘噛みだか強く吸っただかしたんじゃないかと思う。
ユリカの声が一層切なげになっていく。
「こっちはどうかな? ん?」
「や……! そこ、ダメ……」
瀬野がスカートの中に手を差し入れようとすると、軽い抵抗の意思なのか、ユリカが身を捩る。
「何でダメなんだ?」
「そ……そこ、……きっと………から」
「よく聞こえねェな。神藤、ちょっと音量上げてくれ」
「うん」
どうやら神藤も同じコトを思っていたのか、直ぐにスピーカーのボリュームを調節する。
「何だ、もう濡れてるじゃないか。いやらしい子だな、君は」
「………ぅんっ……」
ボリュームを上げると、聞こえづらかったユリカの息遣いがはっきりと聞こえるようになった。
「やっぱ、亜美チャンも興奮してンのかなー」
ニヤけ顔の三宅がボソリと呟く。
「身体を守るため、防衛本能が働いてる可能性もあるけどね」
「そンな夢の無いコト言うなよー。気持ちが盛り下がるだろォ」
私がリアルなことを言うと、ヤツは不貞腐れたように口を尖らせた。知るかそんなこと。
「恥ずかしがらなくていいんだよ。此処もちゃんとほぐしておかないとな――」
「ゃあっ……だめぇっ……」
スカートの中に差し入れた手が、動いているのは辛うじて窺える。
「その体勢だとよくわかんないな。せめてスカートを脱がせてくれれば……」
三宅と違い、ひたすらに画面を見つめるだけだった神藤が控えめに呟いた。
ユリカの身体を隠すよう、瀬野の身体が位置しているため、瀬野の姿はよく見えるんだけど……肝心の彼女がよく見えない。
「コレ、ズームとか出来ないのか?」
「出来ない。そういう仕様じゃないから」
神藤の、三宅への受け答えが段々ハキハキしてきたということは、徐々にエキサイトし始めたということ。
……この必死な空気が滑稽すぎる。
「制服、汚れないうちに脱いでおこうね」
私達の会話は聞こえていないはずだけど、瀬野が気を利かせてユリカのスカートを取り払う。
その所作のお陰で体勢が変わり、ユリカの身体も画面で確認できるようになった。
そして、ハイソックスのみというマニアックな格好になった彼女の下肢を、更に攻め立てる。
瀬野の太い指が、ユリカの身体の中心を優しく掻くように出たり入ったりするたび、淫靡な水音が聞こえる。
「すごいね。いっぱい、音がしてるよ」
「っふ……んんっ……」
吐息交じりの興奮した瀬野の声と共に、どんどん熱を帯びていくユリカの喘ぎ。
白い喉を見せ、仰け反る仕草が妙に悩ましく、色っぽい……まるで、高校生じゃないみたいに。
「あー、やべェ。エロい、超エロいだろコレ」
「本当に感じてるんじゃないかな、多分」
今にも感極まって脱ぎだしそうな三宅は置いておいて、冷静且つちょっとアブない目つきで笑う神藤。
……神藤は動画を通してでもテンションが上がるのだと、改めて証明された。
「可愛いねぇ、ユリカちゃん。こんなにしちゃって」
「っ……ん、はぁ……んっ」
「じゃあ、欲しそうだからもう挿れちゃうね。もっともっとヨくして上げるから」
寧ろ瀬野の方が余裕がなかったのではないかというくらい、彼の呼吸が昂ぶっている。
彼は、仰向けだったユリカの細い腰を掴んで裏返しにすると、背面から彼女の中に入っていく。
あまりしっかりと目にしたくない、グロテスクな凶器を――避妊具も無しに。
おいおい良いのかよ、と脳内でツッコミつつ、ゴム無しのオプションが付いてたのかも、と思い直した。
プレイ内容は細かく指示することができる――こんな風に、ナマでするってことも可能っちゃ可能だ。女の子の許可さえあれば。
「っ、ぁ――はぁっ……」
入り口を通過する辺りは少し苦痛を伴うような声音だったけれど、奥まで瀬野を受け入れてしまえば、
漏れる吐息は幼い少女が甘えるようで、女の私が聞いても可愛らしく響いた。
「挿入った……」
三宅の声音も何故か吐息交じりだ。画面に影響されたのかもしれない。
「動かすよ、いいね?」
「ん……はい……っ」
ユリカは浅い呼吸を繰り返しながら頷いた。と、直ぐに瀬野の腰が前後に揺れ、そのリズムに合せて彼女が切なげに啼く。
重なった二つの身体は対照的だ。
まるでファッションモデルのような体型で、無駄の無い身体つきで白い肌のユリカ。
瀬野の方はというと、中年故の弛んだ体型で、動くたびに腹部の肉が波打つ。色も浅黒い。
こう言っちゃ何だけど、同じ人間なのに全く別の生き物に見える。
「……この、『オジサンに犯されてる』感じが凄くイイ」
神藤は美女と野獣というか、こういうシチュエーションが好きらしく、普段見せないギラギラとした眼差しで見ているけど、私にはそうは思えない。
「ん、あぁ、ああ――ん、はぁっ……」
「……いい具合……だね、君の中は」
まるで、人間が地球外生物に侵食され、蹂躙されていくような、そういう感覚。
あんなに雰囲気があって凛としていた筈のユリカが、今は理性を忘れたように瀬野に身を任せている。
ただ快楽を貪るという行為に没頭するために、我を忘れている状態。
これってよく考えたら凄く怖いことなんじゃないか?
三宅や神藤は何故、こんな映像を見て興奮できるんだろう?
おかしいのはコイツら? それとも私?
「ん、ふぁっ――すご、いっ……イイっ……」
そう考えてしまうと、段々甘ったるいユリカの声を聞くことが辛くなってきて、私は画面から目を逸らし、立ち上がる。
「……水上?」
三宅に声を掛けられた気がするけど、私はそれを無視してトイレへ駆け込んだ。
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暫くトイレで時間を潰し、私が戻ってくるころにはもう行為は終了したようで、
瀬野がベッドの上でティッシュを丸めながら後始末をしていた。
「あーヤバい。ヤバいくらい良かったー。神藤、これ録画してあるよな?」
「勿論、してるよ」
画面の外の二人も満足だった様子で、今の動画を渡すような内容の会話をしていた。
「水上、どうしたんだよ?」
「……ん、ああ、急ぎの連絡が来たから、ちょっとね」
三宅が不思議そうに訊いてきたので、制服のポケットから携帯を取り出し、それらしく誤魔化した。
盗聴はよくやっていたけど、映像にするとエグくて、気分が悪くなったなんて言えない。
『AQUA』のお陰でAVとかの耐性は出来てるはずなのに、リアルの知人が対象だと頭が受け付けなかったみたいだ。
処女って頭がカタくてやだね、とか自嘲気味に思っていると、映像の中の二人の会話が聞こえてくる。
「キミ、凄くよかったよ。また指名したいな。ユリカちゃん」
「ありがとうございます。私も、またお会いしたいな」
どうやら瀬野はユリカを気に入ったらしい。『Camellia』にとってもありがたいことだ。
「あ、そう言えば、神藤」
私はふと疑問が湧いて、漸く興奮から覚めた神藤に声を掛ける」
「はい?」
「いつもならユリカ――斉木さんが先に出て行くシステムだけど、今日はカメラがあるでしょ? どうすんの?」
「はい、手を打ってあります。今日はお客さんに先に出てもらうようにしてて、カメラを回収しつつ三宅くんがホテル代を立て替えてくれる予定です」
「そ、今日はオレが亜美チャンを部屋まで迎えに行って、金払って一緒に出てくるってワケ。次回分、今日のホテル代と一緒に払って貰えば大丈夫っしょ?」
三宅と神藤の方でそういう手筈にしていたらしい。
「み、水上さんには事後報告になっちゃうんですけど……」
すみません、と神藤がすまなそうに頭を下げる。一応、私が最高責任者だから、黙っていて悪いと思ってるんだろう。
まぁ、瀬野はお得意さんだから『次』がある。ホテル代が取れないということもないだろうし――。
「別にいいよ。あ、でもその代わり、三宅だけだと逆に斉木さんが心配だから、神藤もついていってあげて」
私は、神藤に答えつつ三宅の顔をちらりと見遣った。
「水上ィ、オレそンなに信用ナイの〜? 別に手出したりしないってー」
「手を出さないのは当たり前。一応、保険ってことで神藤も付いていって。くれぐれも不安がらせないようにね」
三宅はとても不満そうだったけど――もしかして本当に下心があったのか――、神藤は少し嬉しそうだった。
やはりヤツは美人が好きなんだろう。
「じゃあ、またね、ユリカちゃん」
「はい。今日はありがとうございました」
パソコンの画面の向こうで、瀬野がシャワーも浴びず早々と支度を済ませると、もう帰宅するところだった。
政治家たるものスケジュール多忙ということか。さて、無事に終わったことだし……。
「ごめん、先に帰るね。多分斉木さん、支度に少し時間かかるでしょ」
「あー、別にいいけど。何、急ぎ?」
「………ううん、そういうワケじゃないんだけど」
三宅に訊かれると、私は小さく首を振った。
理由は特に無い。ただ、少し気分が悪いのと、ラブホが落ち着かないというだけで。
「まーいいや。あとはカメラ回収と、亜美チャンと無事に出るってことな。了解」
「お疲れ様です、水上さん」
私が先に帰ったりするのは珍しくない。だから、彼らも別段気にすることもなく、私を見送る。
「うん、じゃあ、あと宜しく」
私はスクールバッグと制服の入った袋を肩に掛けて、ホテルの部屋を出た。
部屋を離れると、意識しなくても大きなため息が漏れる。何もしていないけど、体力を消耗した気分。
実際に体力を使っていたのは、画面の中の2人だけど……。
先ほどの、あまりにも露骨なシーンが蘇って来て、また気分が悪くなってきた。
……ナイーブにも程がある。色んなAVやアダルトグッズを見て、そういう慣れはあるはずなのに、
生理的な嫌悪感だけはどうしても耐えられない。
鍛えたいとは思わないけど、スルーできるようにはなりたい。
そんなことを考えながら、曇りガラスのエントランスを出て、裏通りを抜けようとした――瞬間。
「!」
後ろから、誰かに手を――手首を掴まれた。まるで、私を捕らえるかのような、強い力で。
驚きのあまり、私は恐る恐る後ろを振り返った。そこには。
「……か、川崎センセ……?」
数時間前に授業で一緒だった、川崎センセがいて――。
見たことの無い険しい表情で、私の目を見つめていた。
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