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Scene.４-１

　私は自宅へ帰る道すがら、川崎センセからのメールを開封した。

　――――――――――――
　送信者 : 川崎千紘
　件名 : Re:水上です。
　――――――――――――
　本文 :
　おー水上、早速連絡ありがと
　う。
　なるほど、そういうことだった
　のか。知らなかった(ﾉﾟ⊿ﾟ;)ﾉ
　それじゃ林檎って実は一年
　中食べられるってことだよな
　？優秀だ(*ΦωΦ)
　―――――END―――――

　そのメールの文面を見るなり、思わず噴き出してしまった。

　……センセってば、こんな可愛い顔文字使うんだなぁ。ちょっと意外だ。

　もしかしたら、高校生のセンスに合わせてくれているつもりなのかもしれないけど、それならそれで微笑ましい気がする。

　なんて、そんなこと言ったら怒られちゃうと思うけど。

　川崎センセのメールについてあれこれ妄想を巡らせているうちに、自宅マンションのエレベーターを降りていた。

　自ずとスキップでもしかねないテンションで部屋の前まで歩いて行くと、念のためインターホンを押してから扉を開ける。

　無論、以前のように父親と吉川さんの行為にうっかり出くわさないためだ。

　……まさかこんな真昼間から事に及んでるなんて思いたくは無いけども。

「智栄です。今帰りました」

「まあまあ智栄さん、お帰りなさい」

　私の帰宅に気がつくと、わざわざ玄関にやって来て満面の笑顔で出迎えてくれる吉川さん。すると。

「……あらぁ、智栄さん。何か良いことでもあったんですか？」

「え？」

　彼女はじっと私の顔を覗きこんで、意味深な笑顔を浮かべてから訊ねた。

「何だかとっても嬉しそうな顔をしているので……良かったら話して下さいませんか～？」

「べ、別に。大したことじゃないですよ」

「そうですか～？　でも智栄さんのそんな笑顔を見たのは初めてです。きっと素敵なことがあったんでしょうね」

　――――……。

「本当、そんなんじゃないです。……あ、私、塾の支度してこないと」

　吉川さんに指摘されたことが極まり悪くて、私は適当な理由を付けてから早々に自分の部屋へと退散した。

　後ろ手にドアを閉めると、私は自分の頬を抓った。

　『智栄さんのそんな笑顔を見たのは初めてです。きっと素敵なことがあったんでしょうね』

　素敵なこと？　川崎センセからメールの返信が来ただけだ。それだけなのに嬉しそうに見えるのだろうか。

　そりゃ、嬉しいか嬉しくないかで言ったら、嬉しい。

　成陵の先生の中でも、川崎センセは特別だ。他の先生と比べて格段に信頼のおける先生だとも思う。

　でも――それだけだ。あくまで先生の中で特別なのであって、それ以上何かあるってことじゃない。

「………」

　強いて言うならば。

　川崎センセと連絡を取り合っているのは、彼から『パトロール』の情報を聞き出すことが出来るからだ。

　彼は私の作り話を信用したみたいだし、そういう意味でも、言い方は悪いけど……扱いやすい人だ。

　そう。センセと繋がっていれば、暫らくの間、『Camellia』は安泰だと言える。

　全ては『Camellia』のためなのだ。……私の意思は、関係ない。関係ないんだから。

　誰に責められているワケでもないのに、自分自身にそう納得させた私は、

　塾だと言った手前、何処か場所を変えて勉強しないとな、と思いながら適当な参考書を詰め、部屋を出たのだった。

　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・

「……さん」

「…………」

「水上さん？」

「……あ？」

　気弱に感じる程控えめな問い掛けに顔を上げると、神藤は少し心配した表情で私を見下ろしていた。

「な、何よ、神藤」

「す、すみません……あの、反応して貰えなかったので、つい」

　私の意識は手元の携帯電話に注がれていて、神藤の声を拾う余裕はなかったようだ。

　それを咎めるでもなく、逆転して神藤の方が謝っているというのはいかにも彼らしい反応といえる。

「あー……で、何？」

　極めてロマンチックなピンクのソファーに深く腰掛けたまま、偉そうな仕草で膝を組み替え、訊ねる。

「か、カメラの調整終わりました」

　神藤はいつものオドオドした調子で、すぐ傍に繋いである彼のノートパソコンを示した。準備が整ったということらしい。

「ん、ありがと。あとは始まるまでやることはないね」

　今日も『隣で待機』が一件。私と神藤が隣室の『シゴト』を覗きつつ、スタンバイしているというワケだ。

　塾で忙しい鳴沢は珍しくないことだけど、いつもこの時間を楽しみにしている三宅が来ないのは稀だった。

　その三宅は、今、斉木さんと瀬野の件で彼女に直接話を聞きに行っている筈。

　だから今回に関しては、残りの二人で『待機』というレアケースだ。

　基本的に、『隣で待機』はフルメンバー。三年になってからは少なくとも鳴沢を除いた三人で行ってきた。

　私たちの関係は対等ではないにしても、こういう部屋で二人きりというのはどうしても男女であることを意識してしまう。

　だから召集を掛けるときは、必ず私を含めて三人になるように心がけていたのだ。

　私に対して欲情するなんてことはないとは思うけど――いや、冗談だとしても三宅の例があるから断言は出来ないか――、

　仮に男二人のうち片方が暴走したとしても、『弱み』をチラつかせてもう片方に牽制させるという手段が使えると思ったから。

　とはいえ、神藤みたいな気が弱い上に生身の女に興味がないヤツはまず安全と考えていいだろう。

　鳴沢も……この間までは生粋の年上好きだと思っていたし、待機中もあまり性的な出来事に興味を示さない様子だから、

　変な衝動には駆られにくいのではないかと思う。

　つまりは、三宅にだけ警戒すればいい。

　アイツは性的好奇心の塊だ。その三宅が居ないのなら、寧ろ普段よりも安全であるのは確実だろう。

　私は、パソコンのセッティングが完了して手持無沙汰な神藤を一瞥してから、

　再び手元の液晶画面を見つめてせっせとキーを打つ。

「……あの、水上さん」

「んー、どした？」

「随分、一生懸命なんですね」

「え？」

　ハッと顔を上げた。

　見れば、神藤はパソコンの脇で正座をしながら、驚いた様子で私を眺めている。いそいそと親指を連打する、私を。

「メールですか？　誰かに」

「ん、まぁ……その、大したメールじゃないんだけど」

　神藤に指摘されるとは思わなくて、私は苦笑を浮かべて見せながら完成した文章を送信する。

　――――――――――――
　送信先 : 川崎千紘
　件名 : Re12:水上です。
　――――――――――――
　本文 :
　確かに川崎センセはいつも
　明るい印象なので、あんまり
　ヘコんでるイメージってないで
　すけど……。
　それよりヘコむことって、何が
　あったんですか？（>_<）
　―――――END―――――

　
　あの日から数日。私と川崎センセは何となくメールを交わし合っていた。

　きっと、お互い切りどころが分からずにゆるゆると続けてしまっただけなのだと思うけど、

　他愛ない内容でも妙に待ち遠しく思えてしまって……気が付くと、文末は必ず『？』で終わる文章を付けるようになっていた。

　そうすれば、きっと返事が来るだろうという確信があったからだ。

　センセには最近、ヘコんでしまうことがあったらしい。一体、何があったんだろう？

「れ、例の、彼氏さんですか？」

「は？」

「こ、この間の緊急会議のときに、め、メールが来ていたっていう」

　思いがけない問いに、きょとんとしてしまう。

　……ああ、そう言えば三宅がそんな風に囃し立てていたっけ。

「だから彼氏じゃないってば！」

　思わずムキになって反論すると、神藤は怯えた顔をして「すみません」と頭を下げた。

　いや、別に怒ってるワケじゃないんだけどさ。

　神藤のヤツは、私の機嫌に敏感だ。少しでも怒らせると『弱み』を言いふらしたりすると思われているのかもしれないけど、

　幾らなんでもそこまで酷くないつもりだ。

　私は、無意識に寄っていた眉間をマッサージしながら、小さく息を吐いた。

「うーん……メル友、みたいな感じ？　でも、それだけだよ」

「み、水上さんはその人のこと、好き……とか、そういうことは無いんですか？」

　神藤にしては意外な質問だと思った。神藤自ら、私のプライベートに突っ込んでくることは、今までになかったから。

「どうだろうね。メールをするのは楽しいよ。人間としても、尊敬できる人だと思う。ｌ

でも、だから好きだとか、付き合いたいっていうのは違うっていうか……安直かなって思うし」

　答える義務なんてないんだけど、彼になら何を言ったところで問題ないだろうという安心感と優越感の入り混じった気持ちと、

　自分でも誰かに吐露してみたかったという気持ちが重なって、つい口が軽くなる。

　ただでさえ男の人には興味が湧かないってのに、相手は高校の先生だ。付き合うだなんてちっとも現実味がない。

「あ、あの、成陵の人なんでしたっけ」

「？　……まぁ、そうだけど。私、そんなことあんたに言った？」

　川崎センセのことを誰かに話した覚えは無い。不思議に思って訊ねてみると、神藤は分かりやすいほど目を泳がせてうろたえた。

「い、一番可能性があるのは、高校の人だろうなって――そ、そ、そう思ったので」

「ふうん？」

　本当にそれだけなんだろうか。怪しいけど、疑う根拠も理由もないので、取りあえず頷いてみる。

「そ、それはそうと……あの、どうして水上さんは、その人と親しくなったんですか？」

「やけに突っつくね、今日は」

「あ、いや、その、話したくないなら全然、話してくれなくて大丈夫なんですけど」

　珍しく追及してくる神藤に苦笑いすると、神藤はまた恐縮してしまった。

　だから、怒ってるワケじゃないのに。コイツにとって私は触らぬ神に……なのだろうか。

「そんなに怯えないでよ。……んー、そんなに親しくもないんだよ。メールしてるだけだし。

メアドを教えて貰ったのも、私が悩んでた部分を偶然見られちゃって。そのことを心配されて連絡取るようになっただけで」

　そう。私と川崎センセは決して特別な関係じゃない。

　誰にも相談出来ないことがあるならば、彼が学校の先生としての立場で聴いてくれるって……それだけなんだと思うから。

「そ、そうなんですか……」

「そ。私にもあんた達と同じ、他人に知られたくない悩みってのがあるワケ。まぁ私のは特殊な性癖とかじゃないけどね」

「……そ、そう、ですよね」

　私が笑うと、神藤は極まり悪そうに顔を赤くする。全く、ピュアなんだかダークなんだか、よく分からないヤツだ。

　それが可笑しくて、私はまた笑った。

「あ、でもね。ここからは真面目な話なんだけど、正直、男の人をこんなに信頼できたのは初めて」

　普段は固く閉ざしている心の扉に隙間ができて、ちょっと開放的な気分になっているのかもしれない。

　私は仕舞っていた本音を、ぽろりと洩らした。

「何故だか分からないんだけど、彼は私を気に掛けてくれるんだ。それも、すごく親身になってね」

「…………」

「私、疑り深い性格だからさ、あんまり誰かを当てにしたりしない主義だったのよ。特に男なんてって……。

でも、彼なら信じてもいいかなって思ったりしてる。私なんて数居る生徒の中の一人に過ぎないのに―――」

「生徒の中の一人？」

「っ……」

　いけない、余計なことを言ってしまった。きょとんとした顔で訊ねる神藤を見ながら、私は血の気が引く思いだった。

　相手は成陵の人間だと認めている以上、これじゃ相手は教師ですって言ってるようなものじゃないか。

「あ、ううん、えっと――何でもない。今のはナシ」

　誤魔化しようにも、すぐに適当な言葉を見つけられない私は、そう言ってかぶりを振ることしか出来なかった。

「…………」

　ところが神藤のヤツときたら、この一番の突っ込みどころに対して何の反応も見せない。

　コイツ自身が訊いてきたことだっていうのに、どうしてなんだろう。

　私が神藤の立場なら、ここで絶対追い詰めてやるところだ。

「……あの、水上さん」

「な、何よ」

　神藤は迷う素振りを見せながらも、徐に私へ呼びかけた。

「ぼ、僕はその人のこと、知らないし……その、余計なことだと思うんですけど」

「だから何」

　彼のリアクションが気になってしょうがない私は、苛立って端的に続きを促してしまう。

　神藤は、そんな私の顔色を窺いながら、ぽつりと呟いた。

「……カメリアコンプレックス」

「は？」

「僕、こないだ水上さんに『Camellia』の由来を教えて貰って……それが『椿姫』から来てるって聞いて、早速、読んでみたんです」

　真面目か。まぁ、瞬発力があるのはいいんだけど。

　神藤が続ける。

「ついでに、その話が由来になってる言葉があるって知って、調べました。それが、カメリアコンプレックスです」

「カメリアコンプレックス？」

　初めて耳にする言葉だった。神藤には機械系が好きなイメージがあったから、『椿姫』を読んだってだけでも少しビックリしたけど、

　更に私の知らない関連用語まで調べてきたのも驚きだった。

「はい。……心理学用語らしいんですが、不幸な女性や可哀想な女性を見ると放っておけない男性っていうのが居るらしいんです。

何が何でも救いだしてやらなきゃっていう、男性独特の心理みたいなんですけど……」

「それがどうしたのよ」

「ちょっと面白い言葉だなと思って、色々見てみたら、そ、そういう男の人って、その、女性を助ける自分に酔いたいっていうか……

ヒーローになる欲を満たしたいために、不幸な女性を探すっていうか……とにかく、冷静に見れば割と身勝手なんじゃないかなって」

「だから？　何が言いたいワケ！？」

「お、怒らないで下さい、水上さんっ……」

　神藤の話を聞いていても、彼が私に対して何を訴えたいのかが伝わってこない。

　じれったくなってつい声を荒げると、神藤は元々小柄な身体をより小さくさせ、ゲンコツを貰う直前の子供のように両目を瞑った。

「……別に怒ってないんだってば。で？」

　私もちょっと短気すぎた。一呼吸置いて静かに言ってやると、神藤はまたおずおずと口を開いた。

「……だから、そういう男の人って、相談に乗ってあげること自体が楽しいタイプの人だと思うので、

問題が解決されちゃうと冷めちゃったりするかもって、思っただけ……です。あの、本当に余計なお世話なんですけど、はい」

「つまり、私のメールの相手がそういうヤツかもしれないっていう忠告？」

「ええと……そ、そう、です、あの、その可能性もあるからって、そう思って」

「…………」

　神藤は……川崎センセがカメリアコンプレックスだと言う。

　先生がただの生徒である私のことを熱心に構ってくれるのが不思議だなとは思ってたけど……。

　それは、私のためじゃなく、センセ自身のためだったっていうの？

　…………。

　何だろう。このガッカリした感じ。でも、この感覚は初めてじゃない。つい最近もあったはずだ。

　そう、川崎センセと、『源氏物語』の朧月夜の話をしたときの――。

　『……そうだな、千葉先生、とか』

　彼の好みの女性として千葉先生の名前を挙げられた時も、こんな気分になったんだ。

　……どうして？

　例えセンセがそういう人だとしても、私には何の問題もないのに。

　そういうのを気にするってことは、川崎センセに対して恋愛感情を持ってるって意味になるワケで……。

「す、すみません。水上さんの好きな人の悪口を言いたいわけじゃないんですっ、ただ、僕には気に掛かることが」

「――やっぱり、そうなのかな？」

「え？」

　神藤の言葉にハッとさせられた私は、堪らずその場に立ちあがる。すると、何かを言いかけた神藤が目を丸くして私を見上げた。

「……私、好きなのかな？　あの人のこと」

　認めたくなかった。男の人、それも学校の先生を好きになったなんて――絶対に。

　でももう、自分の気持ちに嘘を吐くことはできない。

　私はきっと、川崎センセのことを一人の男性として好きになってしまったんだ……！

「ぼ、僕は……事情を知らないので、分かりませんけど……いっ、今の水上さんの様子を見る限りは、と、とても楽しそうでしたから」

　神藤は私の問いかけに困惑しながらもそう答えた。吉川さんにも似た様な事を言われたっけ。

「そうだよね。神藤の言う通り何か楽しいんだ、あの人とメールしてると。大した内容じゃないんだけど」

「そ、そうなんですか……」

「でもご心配には及ばないから平気だよ。多分、そういう人じゃないと思うから」

　というより、そういう人じゃないと信じたいという気持ちの方が勝っているだけなのだけど、そこまでは言葉にしなかった。

「……わ、分かりました。それならいいんです」

　彼の方も自分の意見をゴリ押しするつもりは無いらしく、私がカラッと言うと素直に頷く。

「あー、今の話、誰にも内緒だよ。鳴沢とか、三宅には特にね……うるさいから」

「は、はい、大丈夫です。だ、誰にも言いません」

　ついついプライベートなことをペラペラと話してしまった。相手が神藤だと、どうにも警戒心が弱くなって困る。

　再びソファに座りながら釘をさすと、勿論とばかりにしっかりと頷いた。

　……変わってる割には扱いやすいヤツ。

「それならよし。……しかし、珍しいね。神藤自ら私のことを探ってくるなんてさ。何、私の弱みでも握ろうとしてんの？」

　本気でそんなことを考えてるワケじゃないけど、普段突っ込んだことを訊いてこない彼だから気になる。

　冗談っぽく訊いてみると、神藤は予想通りぶんぶんと首を横に振った。

「そ、そういうつもりは全然ないんです！」

「あはは、分かってるって。アンタがそんなこと出来るヤツだったら、もうとっくに行動に移してるだろうし」

「…………ぁ、ですよね」

　本人も自覚してるらしい。彼は極まり悪そうに前髪を掻きながら苦笑いをすると、不意に真面目な顔をして姿勢を正した。

「鳴沢君や三宅君がどう思ってるかは知りませんが、ぼ、僕、水上さんには感謝してるんです」

「感謝？　何に？」

　急に何を言い出したかと思えば、感謝だって？

　まるで覚えのないことだから、首を傾げて訊ねた。

「その、僕を『Camellia』に誘ってくれたこと」

「へぇ。そんなの初耳だね。こんだけ扱き使われて、弱みまで握られてるのに？　あんたってイジメられて嬉しいドＭ？」

　私自身、神藤への扱いが雑であることを認めている。それなのに感謝だなんて、それしか理由は考えられない。

「ち、違いますっ……も、もういいです。何でもありません」

「何よ、変な神藤」

　彼は顔を真っ赤にして言うと、不服そうに俯いてしまった。

　ちょっと怒らせてしまっただろうか。まぁいいか。

「――っと、そろそろ隣の部屋が活動開始だね。神藤、本当にこの話は内緒にしといてよ」

　そろそろ本来の目的である部屋の監視の時間になった。腕時計で時間を確認すると、私は最後にもう一度念押しして、話を終わらせることにする。

「は、はいっ……」

　すると神藤も私の意図を汲んだらしく、いい返事を返してからパソコンの操作を始めた。

　……そういやさっき、神藤のヤツ、何か私に言おうとしてなかったっけ。

　『す、すみません。水上さんの好きな人の悪口を言いたいわけじゃないんですっ、ただ、僕には気に掛かることが』

　……気に掛かること、って何？　

　でもま、そんな大したことでもないだろう。何なら帰りにでも訊いてみるかな。

　だけど『隣で待機』が終わるころにはそんなことなどすっかり忘れ、明日の予習を片付けるべく急いで家路についたのだった。