Scene.5-1




「『退会の儀式』……?」

「神藤、カメラ用意して」

 訝る斉木さんに構わず、扉に背をつけていた神藤に短く指示を出す。

「……はっ、はいっ」

 神藤は素直に返事をすると、教室後方の席に置かれた自分のスクールバッグのもとへ駆けていった。

「三宅と鳴沢、いつも通りに――分かってるでしょ?」

「…………」

 三宅と鳴沢は視線を交わし、互いの出方を窺っていた。

 まるで、私の命令を受け入れるべきかどうか迷っているみたいに。

「早く!」

 何をぐずぐずしているんだろう。あんたたちに拒む権利なんてないのに。

 急かすように語勢を強めると、二人は小さく頷いて席を立ち、それぞれの方向から斉木さんとの距離を詰める。

「な、に――何なの……!?」

「ゴメン亜美チャン、ほんの少しだけガマンして」

「あっ……!!」

 三宅が謝ってみせる隙に、鳴沢が戸惑う斉木さんの背後に回り込んで羽交い締めにする。

「放してよっ、何するの!?」

「だから言ったじゃない、『退会の儀式』だって」

 二人が彼女を捕らえたのは、教室前方の扉寄りのスペース。

 私は教卓の上に深く座りなおして彼女を向くと、笑って答えてやった。

「何よそれ……!?」

「あなたのお友達の村井彩夏さんから訊いてない?」

「……彩夏? 彩夏が何を――やっ! 三宅くんっ!?」

 私が斉木さんと言葉を交わす間に、三宅は『儀式』の準備に取り掛かっていた。

 斉木さんのブレザーのボタンや、その下のブラウスのボタンを一つずつ外していく。そんな行為を彼女がすんなりと受け入れる筈がない。

「やめてよっ!! 放してっ!!」

「暴れるな――もっと強い力で拘束しなきゃいけなくなる。痛い思いはしたくないだろう?」

 何とか逃れようと身を捩る斉木さんの耳元で、鳴沢が低い声で囁く。

 言葉を荒らげての牽制でないのがかえって効果的だったらしく、彼女の顔は漂白剤にさらしたような色になった。

 大方、今から自分に何が起ころうとしているのかの予測がついたんじゃないだろうか。

「お待たせしました」

 そうしているうち、神藤がデジカメを構えて帰ってくる。プロフィール撮影用とは違う、手のひらサイズのそれ。

 カメラやビデオが趣味の神藤は、用途により使い分けているのだそうだ。

 プロフィール写真のように仕上がりを重視されるものと、今回のようにただ記録に残ればいいものと――そのマメさには頭が下がる。

 いつも何かするにつけ、捕獲される直前の小動物みたいな顔をしている神藤だけど、『退会の儀式』のときばかりは別。

 ニイッと歪な笑みを浮かべながら、私の視線を遮るようにじりじりと斉木さんに迫って行く。

「し、神藤くん――」

「まさか斉木さんの写真をもう一度撮ることができるなんて、夢みたいですよ。それも――」

「きゃあっ!!」

 神藤はそう言いながらカメラのシャッターを切った。フラッシュがたかれ、目の前が一瞬真っ白に光る。

「こんなあられもない恰好を収めることができるとはね」

 彼がこんな――と話すように、斉木さんのブレザーとブラウスは前開きの扉のように左右に肌蹴けられている。

 その下の薄ピンク色のレースのキャミソールも三宅の手で捲られ、大人っぽいレオパード柄のブラジャーが露わになっていた。

「やっ、何、撮って――!?」
 
「そういう『儀式』なの、これは。……ふふ、お似合いですね、その下着」

 そういえば、実際、彼女の身体にお目に掛かるのはこれが初めてだ。 『隣で待機』では、盗撮器のカメラを通した荒い画面だったから。

 あのとき彼女がどんな下着を身に着けていたかは記憶にないけれど、今の方がずっと似合っているに違いない。

 清楚なレースに縁どられた可愛らしいキャミソールの下は野生的でセクシーな総豹柄のブラだなんて、草食動物の皮を被っている肉食動物――

 斉木さん自身を表わしているような気がして。

「亜美チャン、見た目に似合わずブラはワイルド系なンだね。意外と違和感ないけど」

 三宅も同じ考えに至ったのだろうか、ブラのカップのデザインを確認するみたいに、キャミソールの裾を鎖骨のあたりまでぐっと引き上げる。

「三宅くんやめてっ――!! だ、誰かっ……!!」

「大声を出したって無駄だよ」

 声を上げ、教室の外から助けを呼ぼうとする斉木さんを、鳴沢が制した。

「今日、コンピューター室は映画研究会の撮影で使用するって申請してあるの。扉にも張り紙をしておいたんですけど、見ませんでした?」

「っ……!」

 騒がれるのは想定の内。予防線を張らないほど馬鹿じゃない。

 3−Aのクラスメイトに映研の会長がいる。『退会の儀式』のときには必ず、彼女の協力を仰いでいるのだ。

 「自主制作フィルムの撮影のため教室の使用許可を取りたいから、名前を貸してほしい」というように。

 申請時に、「ちょっと煩くしてしまうかもしれません」と断りを入れているので、少なくとも教員が入ってくることはないだろう。

 悔しそうに唇を噛む斉木さんの顔を眺めながら、私はにこりと微笑んだ。

「……話の途中でしたよね。お友達の村井さんから、本当に何も聞いていない?」

「わ、私は、何もっ……!」

 困惑気味にふるふると首を振る彼女の姿は、嘘を吐いているように見えない。

 村井彩夏はきちんと契約を履行していたのだ。親しい間柄の斉木さんにも、『退会の儀式』のことは伝えなかった。

 考えてみれば当たり前か。自分の恥ずかしい写真をバラ撒かれたい人間なんていやしない。

 ……もし村井彩夏が他言していたら、迷わず校内の掲示板に貼り付けまくってたところだけど。

「そう。じゃ、教えてあげますね――これから、あなたの写真を何枚か撮らせて貰います」

「……写真?」

「はい。何となく想像がついてると思いますけど、勿論、普通の写真じゃないですよ」

 私は三宅と目を合わせ、顎で次の指示を出す。彼は指示を受け取ると、鳴沢がホールドしている斉木さんの腕を片方、掴んだ。

「亜美チャンにはこれっぽっちも恨みなンてないンだよ。でも、オレらにとって水上の言うことは絶対だからさ――」

「っ……!?」

 三宅はもう片方の手をブラウスの中から素早く腋の下に滑り込ませ、その勢いのまま肩を掴んだ手でブラウスごとブレザーを脱がせにかかる。

 本人に何が起きているのかわからないうち、鳴沢も同様にして反対の袖を抜き、キャミソールの肩紐を外してウエストまでずり下ろす。

「やあっ……!」

 あっという間に上半身はブラジャー一枚。そして。

「でェも亜美チャンのヌード、間近で見れるなンて……役得だよなァ」

 三宅は片腕で彼女の自由を奪いつつ背後に回り、最後の仕上げとばかりにブラのホックをパチンを外した。

「きゃあああ!?」

 背中の感触と音とで察した斉木さんが悲鳴を上げる。

「悪いねー、外して貰っていーかな?」

 尋ねておきながら、三宅は返答を待たずにするりとブラを取り払った。彼女の、やや小さめだけれど形のいい胸が露わになる。

 左胸に小さなアザのようなものが見えたのは、多分、キスマーク。

 それは、彼女がつい昨日も『仕事』をしていたことを意味する、生々しい痕跡。その痕すら艶めかしく美しい。

「綺麗ですね、生で見るとずっと」

 すかさず、 パシャッ――と、神藤がシャッターボタンを押して呟く。

 同感だ。彼女は芸能界に興味があるみたいだけど、ただ笑顔を振りまくだけのタレントやモデルにしておくのは勿体ないように思う。

 相変わらず身体のラインは綺麗だし、張りのある白い肌にニキビや吹き出物などは何一つ見当たらない。

 性的なサービスに抵抗がないのならいっそAV女優になって短期集中、ガッツリ稼げばいいのに。

 ……ああ、でもそうなると胸の大きさがネックになるのか。貧乳より巨乳の方が歓迎される世界だもんなぁ。いやでも、そこは手術とかで――

「ひっ――あ、あっ……!」

 余計なお世話な思考を繰り広げていると、いきなり裸身を撮られたショックで斉木さんが小さく呻く。

 個人的には、童貞の筈の三宅が片手でブラのホックを外したことの方がよっぽどショックだ。

 『儀式』のたびに脱衣のスキルだけ上げているんだとしたら――何とも空しい特技だな。

「……三宅くん、鳴沢くん、スカートもお願いします」

 二回、三回、とシャッターを切り続けながら、神藤がキビキビとした口調で指示を出す。

 神藤が輝き出すこの瞬間だけは、三宅と鳴沢も彼の言いなりだ。同時に頷くと、三宅は拘束を鳴沢一人に任せ、彼女のスカートのホックに手を掛ける。

「頼むから抵抗しないで。そーしたらスグに終わるからさ」

 三宅が困った様子で言うように、斉木さんはなおも身体を捩って逃れようとする。

 もうじっとしていればいいのに。どうせ写真を撮るだけなんだし、無駄に体力を消耗することはない。

「コレも邪魔だから取っちゃおーか」

 ウエストのあたりで撓んでいたキャミソールを膝の下に下ろして脱がせると、局部を覆っているのはショーツ一枚のみとなる。

 ブラとお揃いのレオパード柄。履きこみは浅く、彼女の長い脚や、ジーンズが似合いそうなキュッと上がったヒップを強調している。

「いい。いいですね、斉木さん。まるで精巧なフィギュアみたいな体形だ。僕の部屋に一生飾っておきたいくらい」

 どう見たってマトモな目つきではない神藤が、背筋も凍る恐ろしい台詞を紡ぎながら、なおもシャッターを切り続ける。

 ……喩えが喩えに聞こえないんだよ、コイツは。

「でもまァ、言いたいことは分かる。横から眺めるだけなンて、ナマゴロシ状態」

 彼女の片腕を自分のそれと絡め、再びホールドの体勢に入りながら、三宅が残念そうに呟く。

 こうしてアレな写真を取るのは毎度のことだけど、被写体が学年でも指折りの美人なら無理もない。

「――さて、斉木さん。どうします?」

 私は自分の優位を示すように、わざと大仰に脚を組んで訊ねた。

 すると神藤が一旦撮影の手を止め、斉木さんの正面から外れた場所に立ち位置を移動する。会話の障害にならないようにという配慮なんだろう。

 私は彼女に切迫感を与えるため、強い口調で続けた。

「あなたが『Camellia』から去り、組織に関するあらゆる情報を外部に漏らさないと誓うのであれば、今すぐ解放してあげます。

ですが、もしそれを拒むのであれば――そうですね、本来なら、この写真を学校やあなたのお家にばら撒くところなんですけど……」

 それがいつもの『Club Camellia』のやり方だ。

 というのも、こちらの都合で女の子を切ることはあまりない。余程の困ったちゃんじゃない限り、そうする必要がないからだ。

 つまり『退会の儀式』は、本来は『Camellia』を辞めたいと思っている子のために行うもの。

 辞めたあと、彼女達がうっかり組織のことを口外しないよう釘を刺すための作業なのだ。

 だけど今回は逆。

 斉木さんはまだ『Camellia』で働くことを望んでいる状態だから、彼女が『Camellia』と係わりたくないと思うような恐怖心を植え付け、

 且つ私たちに従わなければいけないと思わせるような切り札を出さなきゃならない。

 彼女がこの写真を一番晒されたくないだろう場所、それは――

「あなたの実名入りで、セクシー系の中でも特に過激な週刊誌へ片っ端から投稿してみようと思うんです」

「!!」

 狙い通り、斉木さんの顔が恐怖に引き攣る。

 彼女は瀬野から芸能界へのルートを作って貰うのだという。ならば、その足枷となるように、この如何わしい写真を公の記録に残しておけばいいのだ。

 ああいう世界はスキャンダルを好まない。彼女が無名のうちは直接、影響を及ぼさないかもしれないけれど、

 これだけの容姿と貪欲さ――いや、向上心と呼ぶべきか――を持ち合わせる彼女のこと。直に頭角をあらわすに違いない。

 そうなったとき、私が撒いた写真という名の種は醜聞のという名の花を咲かせ、世間を賑わせることとなるだろう。

 利己的な彼女は瞬間的にそれを悟ったようだ。

「困りますよねぇ。もし明るみになったら芸能界から消されちゃうかもしれませんし。でもね斉木さん。

あなたが『Camellia』を抜けて、以降秘密を厳守すると誓ってくれるだけで、この写真は誰の目にもふれることはないし、

『Camellia』で働いていたという不名誉な事実も表沙汰にはなりません。……どうです、私たちと取引しませんか?」

 意識的に脚を組み換えながら、小首を傾げて尋ねた。

 
『まさかオトモダチと同じ目に遭うコトになるなンてなー……。亜美チャンも気の毒』

 さっきの三宅の台詞じゃないけど、何となく村井彩夏のときのことを思い出してみる。

 教卓の上は、私の居城。今の状況に当てはめれば、上段の間といったところだろうか。

 そこからは配下の二人が、謀反人を取り押さえている様子がよく見える。

「…………」

 殿様の私がこうやって控えめに提案してやっているというのに、謀反人はなおも強気に私を見つめ返している。

 こんな状況でも変わらない態度で居続けられる女子生徒は本当に稀だ。いっそ感心する。

 村井さんは自分の荷物の存在さえ忘れてしまうほど動揺し、脱兎のごとく逃げて行ったというのに。

「あなたは『Camellia』でよく働いてくれました。感謝しています。でも何度も言うように、ルール違反はルール違反。

組織では定めたルールを守るのが鉄則です。分かってもらえませんか?」

 『Club Camellia』に対する貢献度でいったら、今までのどの女の子と比較しても一番なのは否定しない。

 だからこそ、こうして穏便に済ませてやろうと思っていたのに。

「……や、やっぱり分かりません。どうしてですか?」

 謀反人――いや、斉木さんが反抗的に尋ね返してくる。

「私が『Camellia』で働くことは、プラスに作用しているんでしょう。瀬野さん以外の方とは絶対に繋がる気はないと言った筈です。

なのにどうして、水上さんは私を排除しようとするんですか?」

「別に、排除しようと思っているワケじゃ――」

 私は早口で反論した。

「――だ、大体、最終決定権は私じゃなく、代表のmegにあるんです。わ、私の意思ではどうにもならない。megの決定に従っているだけですよ」

 斉木さんは、『Camellia』がこの場に居る他の4人によって構成されているとは夢にも思っていないだろう。

 だから私も、あたかも言いつけを守っている風を演じなければならない。

「…………」

 彼女から疑わしげな視線を感じる。……何だっていうの?

「私は折れるつもりはありません。水上さんがそういう条件を出してくるなら、私――本当に、川崎センセに告げ口しますよ?

あなたが成陵の生徒を売春婦として仲介しているって事実を、ありのままに」

「……!」

 またしても、川崎センセの名前を使った脅し文句。背中にヒヤリと冷たいものが走る。

「どっ――どうしてそこに、川崎センセの名前が出てくるんです?」

「さあ。それは一番、水上さんがよく知っているんじゃないですか」

 ほぼ全身を晒した格好のままに、彼女は意味深に笑って見せる。

「川崎センセに知られちゃったら、色んな意味で危険じゃないですか? あのセンセ、正義感が強いから、こんなの絶対見過ごせないでしょうし」

「…………」

 もし川崎センセに知られたら……なんて、想像して眩暈がする。

 その他大勢の生徒の一人に過ぎない私に、熱心にお説教をくれる彼のこと。彼女の言う通り、見て見ぬふりはしないだろう。

 それだけは何があってもダメだ。他のどのセンセにバレたとしても、川崎センセにだけは知られたくない!

 だって私は、川崎センセのことが――……。

 彼女は何を考えているんだろう。そして、何を知っているんだろう。

 こんな窮地にもかかわらず、表情に笑みすら貼りつかせて……。

 恐い。この気高く美しい高級娼婦――椿姫が、たまらなく恐ろしい存在に思えてきた。

「川崎センセと私、すごく仲良しなんです。センセの考えそうなことなら分かりますよ」

「…………」

 『「スーツの方が絶対似合うから、たまには教師らしい恰好でもしたら」って。生意気だよなあ』

 頭の中に、川崎センセの声が再生される。ぼやいているようで、ちょっと嬉しげな口調。

「私の言うことなら、割と何でも信用してくれそうですから――実際に試してみようかな」

「!」

 斉木さんの言うことなら信用する……そうかもしれない。だってあんなに親しげに、楽しげに、会話をするのだから。

 もしかして、斉木さんは私がセンセに想いを寄せていることを知っているのだろうか?

 だからわざとセンセの名前を出した? でもどうして? 彼女がそれに気付く瞬間なんてあった?

 分からないけど、私を揺さぶるつもりで再びセンセの名を出したのは間違いない。

 私の想いを知った上で、彼女とセンセの間に私は介入できないと言われているような気がして――心のずっと奥にある深い場所がカッと熱くなる。

「……斉木さん。あなた、本当に自分の立場を理解していないようですね」

 嫉妬、怒り、そして羨み――決して綺麗じゃない混沌とした感情が沸き立つ胸のあたりに触れながら、静かに言った。

「あなたのことなんて、megがいなくても――私の意思一つでどうにでも出来るんです。反抗的な態度は自分の首を絞めるだけですよ」

「……水上?」

 鳴沢が斉木さんの片腕を押さえたまま、少し心配そうに私に呼びかける。

 限りなく冷静を装っているつもりだったけど、よく気の付く彼は私の様子が平素と違うのを察したのかもしれない。

「じゃあもうこちらから『お願い』するのは止めにします。あなたが平和的な解決を望まないなら、力で捻じ伏せるまで」

 頼りない薄い布一枚のみに守られている彼女の身体を改めて見つめると、ふっと微笑む。そして。

「――三宅」

「な、何?」

 緊迫した空気にすっかり呑まれている三宅に声を掛けた。

「あんたのコンプレックス、解消させてあげる」

「はァ?」

「丁度いいから、斉木さんで童貞卒業させてもらったら?」

「っ――!?」

 私がサラッと放った言葉に、斉木さんは勿論のこと、三宅も、他の二人も目を瞠った。

「ちょ、ちょっと待って水上っ、あのっ、ソレは亜美チャンにナイショにしてたことで――や、それより……ま、マジ?」

「本気だよ、許可する。ううん、寧ろ命令。今ここで、あんたの好きなようにしたらいい。……ナマゴロシ状態、なんでしょ?」
 
 隠し続けている秘密をまさか斉木さんの前で暴露されるとは思っていなかったらしく、ヤツには珍しくオロオロした反応を見せるものの、

 本題の破壊力は更に凄まじかったようだ。三宅は口を半開きにして固まっている。

「何言い出すんだ、水上」

 鳴沢が少し焦った表情で私の名前を呼ぶ。

「『退会の儀式』はそういうものじゃないだろ。それに、商品に手を出さないっていうのは、僕らのルールだったじゃないか」

「彼女はもう商品じゃない。別に構わないでしょ」

「そこまでする必要があるのか? 流石に、その一線を越えるのは考え直した方がいい」

 いつになく真剣な顔の鳴沢。ここでも私の意見には反対らしい。

 また始まったよ。私はウンザリしながら肩を竦めた。

「……鳴沢は、斉木さんのこととなると妙に庇うよね。接点ない筈なのに、どうして? やっぱり美人には優しくなるもの?」

「そういう話はしていない。……頼むから冷静になってくれ。自分がやろうとしてること、本当にちゃんと分かってるのか?」

 私のからかいを真顔で振り切る鳴沢。そのときふと、いつか彼が私に投げかけた問いが頭を過った。

 
『水上は、自分がやってることの恐ろしさっていうか――そういうの、本当に分かってるのかなって思うときがある』

 鳴沢がどんな意思をもってそれを訊ねたのかは知らない。でも。

「写真はOKで本番がNGなんて理屈はないんじゃない? どっちもヤバいことには変わらないし」

「そうかもしれないけど、これ以上は駄目だ。今までみたいな、犯罪ゴッコの範疇を遥かに超えてしまう」

「犯罪ゴッコ?」

 聞き捨てならない。組織を揶揄する台詞にカチンときた。

「何よ、それどういう意味?」

「そのままの意味だよ。水上、君はなかなか分かってくれないみたいだけど」

 『正論を振りかざすつもりは毛頭ないけど、僕らがやってることって誰がどう見ても犯罪だ。分かるだろう?』

 『それが何だっていうの』

 『……いや、それならいいんだ』


 いつかもそうだったように、鳴沢は曖昧な返事しかしない。

 何言ってるの、鳴沢? 私には、あんたの言いたいことなんて全然分かんない。

「私は間違ったことは言ってない。どっちにしたって一発アウトの犯罪行為なんだから」

 感情を言葉にしていくうちにイライラが募る。

 写真を撮るだけならセーフだけどヤってしまうのはアウトだ、なんて思考回路の鳴沢こそどうかしてる。

 『Club Camellia』という組織そのものが、世間のモラルから大きく外れてしまっているのに、今さらその点をどうこう言われる筋合いはない。

 大体、鳴沢自身だってその組織の一員じゃないか。

「口出ししないで。これは提案じゃなく決定なんだから」

「水上――」

「あんたも彼女と同じね、鳴沢。自分の立場ってものを分かってない。あんたは私に黙って従ってればいいの!」

「…………」

 私はあんたの――あんたたちの弱みも握っているのだということを、忘れないで貰いたい。

 厳しい口調で鳴沢の反論を封じてから、今度はその鳴沢と逆隣の三宅に押さえこまれた斉木さんの顔を見やる。

 幾ら度胸が座っているとはいえ、顔見知りの男子生徒に襲われるかもしれない状況となると、彼女も気が気じゃないようだ。

 唇を震わせながら、じっと床を睨みつけている。

 ――彼女の追い詰められた表情を見ていると、妙に気持ちが高揚していくのを感じた。

 川崎センセの口から斉木さんの名前を聞いたときから……ううん、もっと前にも一度あったな。

 彼が好みの女性として千葉センセの名前を挙げたあのときから感じていた、モヤモヤした気持ちが霧散する。

「悪い話じゃない筈だよ、三宅。あんた、散々、斉木さんのこと可愛いって褒めてたじゃない」

「そ、そうだけどさ……でも」

 三宅に視線を向けると、まだ戸惑いのまま私と斉木さんとを見比べている。

 降って湧いた幸運だと素直に受け取ればいいのに。コイツも鳴沢と同じで、境界線を越えるのに抵抗があるっていうんだろうか。

 まあいい。踏ん切りがつかないなら、私が背中を押してやろう。魔法の一言を添えるまでだ。

「あんたの秘密、クラスの女の子にバラされたくないでしょ?」

「っ……」

 見栄っ張りな三宅にはこれが一番効くだろうことは分かっていた。

 ヤツは多少なりとも「冗談だろ?」と考えていたようだったけど、そうやって追い詰めてやることで漸く私が本気であると理解したらしい。

「――神藤も、私に逆らったりしないでしょ?」

「はっ――はいっ」

 続けて、教卓の横に付いていた神藤に鋭く問い掛ける。両手でカメラを抱くように持っていた神藤は、ピッと姿勢を正して頷いた。

「よし。……じゃあ決まりだよ」

 神藤の潔い返事に気をよくした私は、四人の顔を見回しながら悠然と言った。

「三宅、私たち三人がココで見ててあげるから――斉木さんとシちゃいなよ。ね?」