Scene.5-2




「な、なァ――水上。ほ、ホントに本気、なのか?」

 無駄に自信たっぷりないつもとは打って変わり、弱気な態度の三宅。

 この男ときたら、またとないビッグチャンスを目前にして、一体、何を迷うっていうんだろう?

 目の前にご馳走――しかも容易く口に出来ないような極上の――が転がっているのに、どうして手を伸ばそうとしないワケ?

「私が冗談なんて言ったことあった?」

 戯言ではとの疑いを払い、キッパリと断言して続ける。

「――学校バレにビビってるなら安心しなよ。此処にいるのは私たちだけ。他の誰かには見つからない」

「あ……いや、そーゆー心配してるワケじゃないっつーか」

 斉木さんが大人しくなったからか、ヤツは片手を彼女の腕から解き、頬を掻いた。

「じゃ、何に引っ掛かってんの? あんたにとってはオイシい話だっていうのにさ」

 煮え切らない返事を責めると、三宅は隣で身を硬くしている斉木さんを一瞥した。

「そりゃさ、亜美チャンのことはタイプよ。運よくお近づきになれたらなァとも思ってたけど――こ、こーゆー状況って、やっぱ腰がヒけるじゃん?」

「こういう状況?」

「水上はマイルドに『童貞卒業させて貰えばー?』なンて言ってるけど、ぶっちゃけ亜美チャンから見たらレイプでしょ?」

「…………」

「オレ、そっちのシュミないし。第一、オトモダチ相手にゴーカンとかフツーに無理だって」

 レイプ――相手の斉木さんに意思がないのだから、そういうことになるのかもしれない。

 でも、だから何なの。鳴沢にしても三宅にしても、どうして罪の意識に線引きをするの?

 私に何度、同じことを説明させる気なのか。

 これまで『退会の儀式』で行ってきた、嫌がる女の子のキワドイ写真を撮る行為――アレだって十分にヤバいのだ。

 程度の差はあれど、相手の合意なしに無理矢理こちらの目的を遂げるという部分においては、レイプと大差ない。

「あんたの言いたいことは分かんなくないよ、三宅。……でもね、私も同じことを何回も口にするのは面倒なんだよ。

さっき鳴沢に言ったことが全てで、今になって抵抗感が湧いてもどうしようもないの。私たちがやってきたことは変わらない」

「水上……」

「もう一度言うよ。あんたが必死になってクラスの皆に隠してる秘密、バラされたくないでしょ――A組の人気者の三宅くん?」

 ダメ押しとばかりに、再び魔法の言葉を浴びせかける。

 三宅は暫らく身体の調子でも悪いような顔をしていたけれど、ふっと小さく息を吐き出し、こう呟いた。

「……ホント、水上には敵わないよなァ」

 観念したということだろう。セットした髪を整えるように撫でつけながら、もう片方の手ではしっかりと斉木さんの腕を掴んで彼女を向く。

「――つーワケで、さ。不本意かもしンないンだけど、オレも自分の信用が掛かってるもンで。すこーしだけ、ガマンして、ね?」

「っ……み、三宅、く……」

「鳴沢、亜美チャンのこと、放してあげて」

 動揺で言葉にならない斉木さんへ普段通りの明るい口調で呼びかけると、三宅は反対側の腕を拘束している鳴沢に顎で示す。

「……わかった」

 鳴沢は何か言いたそうな表情を浮かべていたけれど、その全てを呑みこんで頷くだけに留め、手を放した。

「やーでも、ハジメテがギャラリーの前ってのは緊張するって。オレと亜美チャンの二人きりにはしてくンないの?」

 そして、鳴沢が解いた側の手首を優しく引き寄せながら、私に訊ねてくる。

「それは出来ない」

「どーして?」

「あんたを信用してないワケじゃないけど、コレを彼女の『弱み』にするには、証拠が必要でしょ」

 そう言いながら私は神藤を見た。正確には、神藤の手の中にあるデジカメ――あの中に、証拠を残す必要がある。

「じゃ、じゃ、さ、せめて……神藤だけにしてくンないかなァ?」

 三宅が縋るように言った。

「何よ、神藤が居るなら私と鳴沢が居ても変わらないじゃない」

「変わるだろォ、緊張してツカイモノにならなかったら意味ナイし。オトコノコってナイーブなの! わかる?」

 「使い物にならない」のは、身体の機能的に――という意味だろう。

 ……わかるか。私は女なんだから。

「威張らないでよ」

「せめて水上と鳴沢は気ィ利かせて出て行ってくれるとかさー」

「却下。サッサと済ませて。今すぐ、此処で」

「無茶言うよなァ――つーか何なの? 水上、オレと亜美チャンがヤッてるとこ、そんなに見たいワケ?」

 私はそんな悪趣味じゃない。馬鹿言うなと反論しかけたところで、ふっと気がつく。

 証拠を収めるのは勿論、何よりも重要。だけど、私がこんな下世話なショーを思い付いたのはこの目でその状況を確認したいと思ったからだ。

 いつかの盗撮のときみたいに、斉木さんが他の誰かに侵食されていくのを――私自身の、この左右の瞳で直に見つめなければと。

 だから三宅の問いかけは、あながち間違ってはいないのだ。

「……さあ、どうだかね」

 曖昧に答えを濁しながら続ける。

「四の五の言わずにヤッちゃいなよ。神藤も鳴沢も、私も――皆で見ててあげるからさ」

 それ以上、三宅は口答えをしなかった。


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「ごめンね、亜美チャンっ……少しの辛抱だから」

「ふぁ、っ」

 部屋の中央の席を陣取り、重なる二つの影。

 三宅は何かアクションを起こすごとに謝りを入れながら、斉木さんの顎を持ち上げ、俯いていた顔を上げさせると、唇を重ねた。

 斉木さんは一切抵抗を見せず、されるがままになっている。

 もっと嫌がるかと思ったけど、まぁそうだよね。彼女も、さっき撮った写真を外部に晒されるかもしれない恐れがあり、行動に移せないのだろう。

 私と鳴沢は教卓側から、神藤は彼らを挟んで後方からその様子を眺めている。

 当然、神藤の手にはデジカメが――二人の如何わしい行為を取り込むため、握られている。

「っ、やーらかいね……亜美チャンの唇」

 そっと唇を離すと、品のいいリップの色が僅かに三宅に移る。彼は舌先でそれをぺろりと舐め取りながら、彼女の剥き出しになっている首筋から肩のラインを撫でた。

「肌も、ちょーキレーだし」

「…………っ」

 陶器のように滑らかな白い肌の上を三宅の指先が降りていく。すると、斉木さんの華奢な背が震える。

「もっと、肝心な場所も触ってあげてよ」

「わかってるって! そーやって外野からチャチャいれないでよー。テンション下がるわー」

 口を挟むと、三宅は至極迷惑そうな顔をして口をへの字にした。

 私が焦ったってしょうがない。ヤツのペースを尊重してやるか。

 ……それにしても。自分が命じたとはいえ、つくづく凄い状況だな。

 制服姿の男子の傍らに、全裸同然の女子。それを囲む見物人の他生徒。到底、超有名進学校の光景とは思えない。

「ごめン、亜美チャン――胸、触るね」

 またしても謝罪の言葉を口にしながら、三宅がそっと彼女の左の胸に怖々と触れる。

「っ、やっ……」

「ごめ、痛い??」

 注意していないとわからないくらいの動作で、斉木さんが「違う」と首を振る。

 ――単に嫌なんでしょ、三宅に触れられるのが。

 と口を吐きそうになり止める。また「気分がサガる」とか文句言われたら面倒くさい。

「どれくらいの強さで触ればいいの――コ、コレくらい?」

 片方の乳房を優しく搾るような手つきで誰にともなく訊ねる三宅。

 小ぶりな膨らみは、彼の手の中でスライムのように形を変えている。

「答えてあげてよ、斉木さん」

「…………」

 私の呼びかけに、彼女が静かに首を縦に振るのを確認すると、少し自信を持ったらしい三宅がもう片方の膨らみも同様に捏ね始める。

 でも、童貞クオリティの動きではいまいちぎこちない。

「色気が足りないですね。画的に面白くないので、どうにかなりませんか」

「別にお前を楽しませるためにヤってるワケじゃねーの。難しいこと要求すンなって」

 儀式の一部ではなく趣味の延長として捉えている神藤は私と同じ感想を持ったらしく、カメラのシャッターを切りながら首を捻っている。

「童貞くんにはレベル高すぎだってさ、神藤」

「そーゆー言い方やめろよ」

 からかってやると、ムッとした口調で三宅が文句を垂れる。

「無駄口叩いてないでちゃっちゃと進めてよ。そんなんじゃ、完全下校時刻までに終わんないよ?」

「わかってるよ。だからそう急かすなって。……ごめんね、亜美チャン。ムードも何にもないトコで」

 斉木さんの耳元で囁き掛けるように謝る三宅。だけど、当の彼女の表情をみる限り、その声は届いていないように思う。

「…………」

 斉木さんは両目を瞑り、ただひたすら事が済むのを待っている様子。

「すげ……唇も柔らかかったけど……オンナノコの胸って、思ったよりずっと柔らかいのな」

「それはそうですよ。結局のところは脂肪の塊なんですから」

「……神藤さァ、どーしてそうやってシラけるコト言うかなァ」

 童貞くんの感動に水を差した神藤は、涼しい顔でシャッターを切り続けている。

「美しいですよ、斉木さん。そうやって耐える表情にもそそられるものがありますね」

「……ちぇっ、お前みたいにスイッチの切り替わりがあるヤツが羨ましーよ」

 そうボヤいた三宅が、おっかなびっくり胸に触れていた手を腰骨のあたりまで滑らせていく。

 視線で辿ると、やっぱり見事なプロポーション。同じ高校生とは思えないくびれに直に触れたヤツは、改めて溜息を洩らす。

「ホントさー、スタイルいいよね。この薄い身体にきちんと内蔵が詰まってンのか、心配になるレベル」

 その表現はないだろうと苦笑しつつ、でもまあ、そうだな。私と同じ学年だってことを考えると、何だか不思議な気分になる。

 『あぁ、斉木はいい意味で高校生っぽくないもんな』

 あの川崎センセの言葉が再び頭をよぎり、胸がズキンと痛む。

 『川崎センセと私、すごく仲良しなんです。センセの考えそうなことなら分かりますよ』

 『私の言うことなら、割と何でも信用してくれそうですから――実際に試してみようかな』


 ……あんな風に言うってことは、斉木さんと川崎センセの仲は私が思っている以上に深いものなのかもしれない。

 もしかしたら、教師と生徒の境界線を越えてしまっている可能性だって否定はできない。

 それに――

 『川崎センセに知られちゃったら、色んな意味で危険じゃないですか? あのセンセ、正義感が強いから、こんなの絶対見過ごせないでしょうし』

 彼女はどうして『色んな意味で』危険であるということを知っているの?

 『Camellia』の先生バレ、学校バレがヤバいのは当たり前。でも、それは川崎センセに限ったことじゃない。

 斉木さんは理解しているんだ。危険だというもう一つの理由――川崎センセにバレることの重大性を。

 自分の気持ちを誰かに打ち明けたことなんて一度もない。

 いや……神藤にはほんの少しだけ口を滑らせたことはあったけど、それだって名指しで伝えたワケじゃない。

 
例え、川崎センセと斉木さんが相当深い仲だったとしても、川崎センセ本人から聞き出したって可能性はない。

 ――だって、彼は私の気持ちに気付いていないだろうから。

 考えれば考えるほど、斉木さんが怖い。

 早いこと彼女の弱みを証拠として残し、立場を逆転しないことには……不安でどうにかなってしまいそうだ。

「……鳴沢」

 一切意見を述べなくなった鳴沢に顔を向け、呼び掛ける。

「あんたも交ざったって構わないんだよ」

「……僕が?」

 鳴沢は露骨に不快な表情を浮かべた。

 好意のつもりで話を振ってやったのだけど……鳴沢はそれをよしとはしていないんだろうか。

「何よ、羨ましいって思う気持ちはあるでしょ? 斉木さんみたいに申し分のない美人ならさ」

「ないね」

 思いの他スッパリと否定され、無意識のうちに眉間に力が入る。

「痩せ我慢する必要なんてないんだよ。本能的なことなんだし、別に恥ずかしいことでもないじゃん」

 言いながら、そういえば鳴沢の通販の購入履歴に拘束具があったことを思い出して、口元が緩んだ。

「――あんただって嫌いじゃない癖に。無理矢理っていうのはさ」

「何のこと?」

「しらばっくれないでよ。ウチの通販で買ってた品物のこと、忘れたワケじゃないでしょ?」

「……それとこれとは関係ないだろう」

 鳴沢は嘆息したあと、首を横に振って言った。

「関係あるよ。リアルに出来るんだから、この際体験しとけばいいじゃん」

「悪いけど、僕にその気はないから」

「どうして?」

 何故こんなにも頑なに斉木さんに触れようとしないのだろう。

 儀式の前は寧ろ積極的に彼女を庇っていたし、てっきり彼女に興味があるのだと思っていたんだけど。

 私が訊ねると、鳴沢は一瞬だけ私の瞳を真っ直ぐに見つめたあと、すぐに視線を逸らした。

「どうしてもだよ。さっきから言ってるじゃないか。こんなこと、するべきじゃないって」

「……ふーん。そうですか。別にいいけど」

 鳴沢もしつこいな。もうこういう展開になっちゃってるんだから、大人しく乗っかれば美味しい思いが出来るのに、グダグダ言っちゃって。

 はたして、その我慢も最後まで持つかなぁ。

 「やっぱり三宅のことが羨ましくなっちゃいました」って風にならないといいね。

「三宅、ほら、手が止まってるよ。斉木さんに触ってあげな――そう、もっと下の方、とか」

 私は再び二人の方を向くと、薄い布地の下に興味を示している三宅の背中を押してやった。