Scene.2-2
「水上さんはいらっしゃいますか?」
待ち合わせ場所のコンピュータ室で神藤と二人、待機していると、扉の外からノックの音と共に凛とした女性の声音が聞こえてくる。
「どうぞ、開けて下さって結構です」
室内からそう返すと、控えめに扉を引く音がした。そして、目の前にアイドルと見紛うほどのスレンダー美人が現れる。
――成陵高校の制服を身に纏った、黒いロングストレートのよく似合う清楚な美人が。
その美人は、私達の姿を認めると、笑顔を浮かべながらこちらへやってくる。
私達も、パソコンデスクのチェアから立ち上がると、彼女へと歩みを進めていく。
「初めまして、3−Dの斉木亜美です」
「初めまして。3−Aの水上智栄です。それでこっちが――」
「さ、3−Aの神藤駿一です。よろしく……・」
それぞれ軽く自己紹介を済ませると、私は早速扉の鍵を閉めにいった。
今日、この部屋は私の名義で、コンピュータ部の顧問から借りている。
受験対策で資料を集めたい、という一言だけで全く怪しまれずに拝借できるので、撮影の際はよく使用しているのだ。
だから、鍵さえきちんと掛けておけば誰かが入ってくることもない。安心して『Camellia』の『シゴト』ができるというワケだ。
「あの、三宅君の紹介で『Camellia』にお世話になろうかなと思ってるんですが」
「ええ」
「入会の前に一つ確認したいことがあるんです」
挨拶が終わって直ぐ、斉木さんは少し訝った表情を浮かべながら、少し声のトーンを落とした。
「megさんって、成陵の方なんですか? 三宅君と話した後、そういう方からメールが来て。……代表なんですよね?『Camellia』の」
そう言いながら彼女はブレザーのポケットから携帯を取り出して、そのメールを見せた。
――――――――――――
送信者: Camellia_meg@▲…
件名 : 『Club Camelliaへよ… ―――――――――――― 本文 :
斉木亜美 様
初めまして。私は『Club Came
llia』代表のmegと申します。
この度は、ご縁がありまして
『Camellia』にご登録ありがと
うございます。
ある程度お話は聞いて頂いて
いると思いますが、これは貴女
様自身の人生を豊かにする出
会いの場所でもあります。
ですので、どうぞ躊躇せず、
安心してこのシステムをご利用
頂ければと思います。
スケジュール提出はこちらの
フォームをお使い下さい。
何か不安なことや疑問等ござ
いましたら、私megのアドレス
までご連絡頂ければと思いま
す。
それでは、貴女の活躍を心より
期待しております。
『Camellia』 代表:meg
―――――END―――――
「……ああ、この人は成陵の人じゃないんです。この『Camellia』のシステムを考えた人で――そう、責任者なんですよ」
私はメールをスクロールしながら、megが書いたという文章を読んだ。
実はこのmegという人物の振りをしてメールを送信しているのは、私と鳴沢だ。
入会や退会処理の際は私が、スケジュール確認や質問などの受付は鳴沢がという風に、役割分担をしている。
ただ、それを公表してしまうと、生徒運営ということで女の子達にナメられかねない。
逆に、私達のバックに得体の知れない誰かの存在があるということを示しておけば、意外と素直に従ってくれるのだ。
退会の際にも、バックの存在があれば第三者に他言するのは身の危険があるかもしれない,、と思うようになる。
そういうメリットの上で誕生したのが、架空の人物であるmegという存在。
先日の『隣で待機』の際も、鳴沢はmegとして相談を受けていたことになっている。
「そうなんですね」
「ええ」
「じゃあ、水上さんはそのmegさんの知り合いで、こういう……?」
「まあ、そんなところです」
矢継ぎ早に振ってくる質問に適当に頷きながら、斉木さんはまだこの『Camellia』に不信感を持っているのではないかと感じた。
ファーストコンタクトからこんなに組織のことを聞いてくるのは珍しい。大方、三宅が説明したものだと思っていたけど……。
「斉木さん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
私は努めて明るくそう言った。
「私は『Camellia』がスタートした半年前から係わってますけど、
女の子達の意見を取り入れながらより女の子達が働きやすい環境を作るように代表とも相談してます。
だから、不満があれば遠慮なく代表に言って下さいね。勿論、私にでもいいんですけど」
「あ、ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんですけど……」
露骨に警戒心を出していたのを自覚したらしく、斉木さんがすまなそうな顔をする。
「いえ、最初は誰でも不安はあると思うので」
「そう聞けてちょっと安心しました」
私が最初にそうフォローしたのが正解だったのか、斉木さんはさっきよりも晴れやかな顔つきをしてるように見える。
彼女に限らず成陵には根が真面目な子が多いだろうから当たり前か。
だけど本当に真面目なら援助交際なんてやんなきゃいいものを――とか、私の立場で言えることじゃないよね。すみません。
「えっと、じゃあ――さっそく写真撮ってもらおうかな。神藤」
「……あ、はい」
神藤が少し硬い返事をした。
「いつもみたく、プロフィール用の写真、2枚お願いね。アップと全身と」
「は、はい」
神藤は久々の超美人だからか、いつも以上に緊張していると見える。
「神藤君……ですよね。今日はよろしくお願いします」
「あ、は、はい。こっ、こちらこそ……」
神藤にはもったいないくらいの優しい笑顔を振りまく斉木さん。
それに比べて……ホント、コミュニケーション能力無いな、コイツは。
しどろもどろさを遺憾なく発揮している神藤に呆れながら、私はその様子を邪魔しないように横へ掃けた。
・
・
・
「もう少し、小首を傾げる感じで」
「こうですか?」
「そう。そのまま、半身引いてください――右かな」
デジカメを片手に、熱心にポーズの指導をしている神藤の姿が妙にテキパキとしていた。
コイツは普段ボンヤリしてる癖に、カメラを持つとキャラが変わってしまう。
あんまりエキサイトすると、自制が効かなくなるなるらしいので、そうしたら止めに入らないといけない。
……面倒なヤツ。ていうか、つくづく変わったヤツだ。
神藤が使っているのは一眼レフで、かなり本格的なモノらしいんだけど、本人曰くレンズに不満があるようで、
『Camellia』で資金を稼いでから新しいものを購入するつもりなんだそうだ。
見るだけでなく撮るのも趣味なだけあり、写真の出来上がりもなかなか良い。
写真のお陰で男性会員の利用回数が増えるのなら、いっそ新しいレンズとやらを買い与えてしまおうかとすら思ってしまう。
それは流石に甘やかしすぎか。
「次は今と逆の方を引いてみて。それでキープ」
「はい」
「いいね、そんな感じで笑って下さい」
……目が。目が真剣すぎる。
いつもそうやってシッカリしてる所を見せてくれたらいいものを。
ピッ、というシャッター音が不定期に鳴る中、今度は神藤ではなく、斉木さんの姿に注目してみる。
――本当に、キレイな子だ。写真撮影だって全く臆することなく堂々とこなしている。
こだわりの強い神藤の注文にもきちんと応えてその通りに動けるってことは、普段から撮られ慣れているのかもしれない。
そりゃあ、これだけ美人ならなー……。
傷みのない黒のストレートロング、小さな顔、大きくて真っ黒な瞳。それだけで好かれる要素満載なのに、
百七十センチ近くある長身で、しかも無駄の無いしなやかな肢体。胸がもう少し欲しいかな、とは思うけど好みの範疇だろう。
何よりも感心するのは、オーラ。
彼女がそこに居るだけで、その場の空気を変える能力を持ってる気がする。
こういうのを華があるって言うのか。
……華がある女性、ねぇ。
何となく、斉木さんは、さっき川崎センセが言ってた朧月夜という女性を連想させた。
同時に、千葉先生とも似通った要素を持っているとも――彼女も、太陽か月かで言ったら太陽側の人間だ。
私も、彼女のような容姿だったら――
「水上さん、終わりました」
「……あ、ありがとう」
不意に神藤から声を掛けられて、私は思考を止め、彼に返事をした。
「さ、斉木さん……すごく、撮り易かったです」
「ありがとう。撮った写真のデータ、貰ってもいいですか?」
「は、はい。喜んで」
撮影終了後は少しだけ彼らも打ち解けていた。
普段女子どころか、他生徒と係わる機会があまりない神藤にとっては、美人の撮影はさぞ楽しかったんだろう。
写真をねだられて顔が赤くなる始末だ――単純だなぁ。
「じゃ、私これから塾があるので。megさんにもよろしくお伝えください」
「はい、今日はわざわざ時間を割いて貰ってありがとうございます」
まさに花開くような笑顔を残して、斉木さんはコンピュータ室を去っていった。
彼女の姿がなくなると、私も神藤も常の空気に戻る。
「きょ、今日はあと一人、でしたっけ?」
「そう。斉木さんがかなり早めに終わったから、あと20分くらいしたら此処に来る予定」
「了解です」
神藤は頷いて、たった今撮ったばかりの画像を眺めはじめる。
「神藤、アンタ変なアングルで撮ったりしてないでしょうね」
「と、撮ってないですよ……! ひどいな、水上さん」
私がジト目でそう言うと、滅相も無いと言わんばかりに神藤が首を振った。
彼が一番変わっていると思うところは、生身の女性よりも、映像や画像の中の女性への興味が強いということ。
何でも、実物にはさほど惹かれず、『作品』となったものに性的興奮を覚えるんだとか。
だから、あんな美人が現れたなら、コッソリ変な写真でも撮ってるのではないかと勘ぐってしまった。
……流石の神藤も、そこまでじゃないか。
「しかし写真がそんなにいいかねー……」
「写真だからいいんですよ」
健全な男子高校生の嗜好とは到底思えない。何処までもつかみどころの無いヤツ。
「ふーん。私にはよくわからないや。まあ、お陰で『Camellia』の役に立ってもらってるし、構わないんだけどね」
神藤が変態じゃなかったら、通販伝票での衝撃的な出会いも無かっただろうし。
「そういえば、水上さん」
徐に神藤が口を開いた。
「何?」
「前から聞こうと思ってたんですけど……あの、『Camellia』の名前って、何か意味あるんですか?」
「意味?」
「は、はい……どうして、『Club Camellia』なのかなって……」
何を唐突に、と眉を顰めたけど、そうだ。まだコイツには説明したことがなかったかもしれない。
「あー、そういうことね。神藤、『Camellia』って和訳してみて」
「え? ……つ、椿、ですか?」
さっすが成陵の生徒。これくらいの英単語なら、直ぐ回答できて然るべき、なんて先生みたいなことを考えつつ、
「そういうこと。ピンとこない?」
「…………」
追って問いかけると、神藤は困ったような顔で沈黙した。
「神藤は、フランス文学とかは読まないのかな」
「え、あ、はい……あんまり」
確かに、文学少年って感じではないか。
「『椿姫』っていう小説から取ったの。高級娼婦のマルグリットって女性が主人公のアンハッピー物」
多くの男性が自分の物にしたいと夢見た高級娼婦マルグリットに肖り、質が高く、高級志向なイメージを付けたくてそんな名前にした。
架空の代表であるmegという名前も、マルグリットの愛称を取ったものだ。
「そ、そういうことだったんですね……」
感心したように洩らす神藤。
「うん。今の斉木さんなんて、高級娼婦のイメージピッタリって感じでしょ」
「あ……はい。そうですね、高いお金を出しても一緒に過ごしたいと思う人は……多いはずです」
「だよねぇ……そりゃそうだよね」
私は盛大にため息をついた。
例え高級でも娼婦は娼婦。身体を売っている以上、綺麗な身ではない筈だ。
あの斉木さんだってそう――今に、色んな客と身体を重ねて、あっという間に娼婦になっていく。
それでも人は、そんな女性を有り難がって買うのだろうか。
――外見さえ、華やかで美しいなら。
「やっぱり神藤でも、ああいう美人になら魅力を感じるんだよね? 身体を売るような穢れた人間でも」
「……え?」
神藤は、いきなり振られた質問にどう答えていいのか解らないという様子で、目を泳がせている。
その様子も致し方ない。何を聞いてるんだろう、私ったら。
『Camellia』の三人の中で、神藤は一番静かで従順な所為か、私としてもつい気が緩んでしまうところがあるみたいだ。
しかも、こんな組織を運営している私が言う台詞じゃないことも理解しているのに……。
「ごめん、なんでもない。別に答えなくてもいい」
それを神藤に訊いてどうすると言うんだろうか。
私は、取り繕うように小さく笑って見せる。と、
「あ……いや、でも、じゅ、純潔を守ってる子もそれは、それだけで……いいっていうか」
言葉を選ぶように、彼は恐る恐る私を窺いながら言う。
……何だろう、どうしてか、神藤に気を使われたような気がしてならない。
『Cameliia』で援助交際をやるような女の子を見下したり、それでいて、そんな彼女達の容姿を羨んでいることを見破られたワケではないのに。
そもそも神藤は、私が処女だと知らないはずだ。
「いや、だから何でもないんだってば! 気にしないで」
神藤に慰められたような錯覚がして苛立った私は、彼に言葉の続きを紡がせないために荒っぽく言った。
「あ……は、はい、すみませんっ」
神藤は別段悪いことをしたワケじゃないのに、私の勢いに押されて大人しく頭を下げた。
神藤なんかに気を回されるとは、凄く悔しい。
そういう所にさえもイライラが募る私は、次の女の子がやってくるまで、ひたすら黙ったままで彼から背を向けていた。
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