My dearest friend (前編)



 (キリ55555作品。真琴と芽衣の学生時代の話です)







 突然の告白。

 それを、私は何となく予期していた。



「芽衣っ、私ね、好きな人ができたの!!」

 目の前の親友が、瞳を宝石のようにキラキラと輝かせて言った。

 私は知っていた。

 だって彼女は最近、前にも増してオシャレになった。

 頻繁に鏡を見るようになった。

 笑顔が増えた。そして。

 いつも、ある男の子を視線で追うようになっていた。

 小学校の時からの長い間一緒なのだから、解る。

 どの要素も、それは必ず彼女が恋をしているときのものだってこと―――。


「それって、うちのクラスの羽鳥君……・?」

「えっ、何で知ってるの!? 誰にも言ってないのに。」

「そんなこと、真琴ちゃんと一緒に居れば解るよ。」

 驚いてぽかん、と口を開ける彼女に、私はさらっと言ってみせた。

 ホントにもう、解りやすいんだから。真琴ちゃんてば。

 嘘がつけないっていうか、隠し事が苦手っていうか。

 ……でもきっと、それが彼女の良いところなんだと思うけれど。

「芽衣にはすーぐバレちゃうね。私も修行が足りないなぁ〜」
 
 何の修行なの、それ。

 可笑しくって、つい笑いが零れる。と、彼女もつられる様にくすくすと笑った。

 そして2人でごろん、ベッドの上に倒れるみたく横になる。
 
 今日は、私達2人の恒例イベント『月1合宿』。

 合宿って言ってもただ単に、毎月、土日に互いの家へ泊まりに行くってだけなんだけど、

 修学旅行の夜みたいな心地良いドキドキ感がある。普段、他の友達には言い辛いこととか話し合えるから、

 私は……きっと、真琴ちゃんもだと思うけど、この小さな週末のイベントを気に入っている。

 今日は私の家――月島家での『合宿』。

「芽衣のベッドだーい好き〜。寝心地最高なんだもん」

 言いながら、真琴ちゃんが大の字に身体を寛げる。

 セミダブルのベッドは、私達2人が一緒に寝られるスペースがゆうにある。

 家を建て替えた時に、両親が奮発して買ってくれた物。私も、大きいベッドは気分が落ち着いて好き。

「ねー、芽衣」

「何?」

 寝返りをうった真琴ちゃんが、呟くように切り出す。

「私、頑張るから。絶対、羽鳥君に好きになってもらうんだ」

「わぁ、凄い。言い切ったね真琴ちゃん」

「これくらいの勢いがないと。他の女の子に取られちゃうもん」

 しっかりと意思を持った風に言いながらも、あはは、と明るく笑ってみせる真琴ちゃん。

「……取られたりなんかしないよ」

 嘘のつもりはなかった。きっと、真琴ちゃんなら羽鳥君を振り向かせることが出来そう。

 だって可愛いんだもん。

 ぱっちりと大きい茶色の瞳に、スッとした鼻。きゅっと口角の上がった赤い唇。

 元々の顔立ちも整っててキレイな上に、ポジティブで明朗快活な性格だから雰囲気も華やか。クラスでも目立つ方。

 かといって媚びてる風じゃなくて自然で……異性にも同性にも好かれるタイプなんだと思う。

 ネガティブで地味で、クラスでも目立たない私としては。そんな真琴ちゃんが羨ましくもあり―――

 ほんの少しだけ、嫉妬していた。

 勿論真琴ちゃんのことは大好きだし、私が勝手に卑屈になっているだけだから、どうしようもないのだけど……。

「ホントに?」

「うん。だから、頑張ってね。私も役に立つなら協力するから

 心に僅か存在する濁った感情を振り払うように、私は出来る限りの笑顔を浮かべた。

 別に、真琴ちゃんの恋愛を邪魔したいなんて気持ちは僅かだって無い。そう断言できる。

 だって、彼女は私の親友だから。

 世界で一番心を許せる、大切な、大切な親友。

「嬉しい!じゃあ、今から作戦会議してもいい??」

 その親友がぱちん、と両手を合わせて、声を弾ませる。

「うん、いいよ」

「えーっとねぇ、じゃあ月曜日にさぁ……」

 私達は、カーテン越しに見える空が白むまで『作戦会議』を続けた。

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「ねぇ、芽衣。まだ返事が来ないの」

 学校からの帰り道、同じ制服を身に付けた生徒達が疎らに駅へと向かう中。

 重い溜息の後、真琴ちゃんが眉を顰めてそう呟いた。

 羽鳥君をどうやって振り向かせるか。

 あの日、2人してその方法について朝まで悩んだ挙句、辿り着いた結論は、

 ズバリ。ストレートに気持ちを伝える、ということだった。

 というのも、何か手の込んだ地道な作戦――たとえば物の貸し借りや普段の会話を多くする、何かプレゼントする等――

 をするのは何処か野暮ったいし、まどろっこしい気がしたのと、長くじっくりと時間をかける作戦は、

 はっきりきっぱりな気質の真琴ちゃんに向かない、ということが主な理由だった。

 決定してからの行動は早く。早速月曜の放課後、古風にもラブレターをしたためた彼女は、何の躊躇もなく羽鳥君に渡しに行った。

 ………その返事が、金曜の今日になっても帰ってこないというのだ。

「クラスで顔を合わせた時とかに聞けない?」

「幾ら私でも、クラスの皆が居る前でなんて無理だよ」

「んー、じゃあ時間作ってもらうとか……」

「羽鳥君、そろそろ受験の準備とか言って、塾が忙しいみたいなの」

「そっか……厳しいね」

 早い気もするけど、高2の秋にもなれば珍しい事じゃないのかもしれない。

 授業についていくのが精一杯で、殆どまだ受験対策の勉強なんてしていない自分にちょっと危機感を覚えた。

「このまま何もなかったみたいにスルーされるのかなぁ……私」

 拗ねたような表情で、道路に転がるコンクリートの欠片を蹴飛ばそうと爪先に力を込めた真琴ちゃん。

 けれど、狙いを定められなかったらしく、靴先はそれを掠めただけに留まった。

 ちぇっ、などと彼女の口から不満が洩れる。

「とりあえず一週間待ってみたらどうかな?もしかしたら羽鳥君、悩んでるのかもしれないよ」

「悩む?」

「そう」

 私が宥めるべく言った言葉に対して、訝しげに眉を跳ね上げさせて真琴ちゃんが訊き返す。

「悩む必要なんか無いじゃない。私のことが嫌なら直ぐ断ればいいし、好きだと思ってくれるなら付き合えばいいんだから」

 竹を割ったような性格って、こういうことを言うんだなぁとしみじみ思う。

 中途半端を嫌う真琴ちゃんらしい台詞だった。

「うーん、だからね……」

 考えて、言葉を選びながら私が答える。

「それだけ真剣に考えてくれてるってことなんじゃないのかなぁ。急に告白されて戸惑ってるっていうか……吃驚してるのもあるだろうし」

「真剣、ねぇ」

「そうだよ。真琴ちゃんだって告白する前、自分の気持ちを固めたんでしょう? 羽鳥君を好きだって」

「うん」

「それと同じことだと思うよ。だから時間をあげるってことで、とりあえず1週間待ってみようよ」

「……うん、そうだね」

 私の説得に納得した様子で、真琴ちゃんはやっと、微笑を浮かべてこくこくと頷く。

 不安な気持ちは見ているだけでも充分に伝わってきていた。

 それは、そうだよね。好きな人に振り向いて貰えるのか、そうでないのか。

 いつも元気で明るい真琴ちゃんだって、ナーバスになるのは無理無いよ。

 こういう時はなるべく彼女の味方になって、助けてあげたい。

 安心させてあげたい。

「―――あ、そうだごめん。私、今日は寄る所あるから」

 と、真琴ちゃんは、いつも私達2人が別れる駅の大分手前、大きな本屋へと続く横断歩道の前で足を止めた。

「わかった。じゃあ、またね」

「……芽衣」

「何?」

 ひらり、手を振った私を、不意に真琴ちゃんが呼び止める。

「聞いてくれてありがと」

 往来する車の騒音にやや掻き消されそうになりながらも、真琴ちゃんの凛とした声はしっかりと私の耳に届いた。

 私の笑顔を見届けて、彼女は信号の変わった横断歩道を駆けていった。

「真琴ちゃんたら」

 素直で優しい真琴ちゃん。

 羽鳥君が好きにならない筈が、無いような気がするんだけど……。

 くるりと踵を返し、再び駅への道を歩き出そうとした、その時。

「なぁ、羽鳥。お前、コクられたってホント?」

 ごく近い距離から、私達がさっき何度も口にした名前が飛び出した。

 まさにピンポイントな内容を聞くと、悪い事をしたワケでもないのに思わず身が竦んでしまい、集団の足音が私の横を足早にすり抜けていく。

 けれど直ぐに、追いかけなければいけないような使命感に駆られて、私はゆっくりと彼らの後を付いて行くことにした。

 目の前を歩いているのは、羽鳥君を入れて4人の集団。

 きっと、周りに居るのは同じクラスの男子だと思う。

 私は普段、頻繁に男子と話す機会は無いけれど、流石に顔くらいは覚えてるから間違いない。

「ああ、うん」

 さらっと答える羽鳥君の声。クラスの中ではムードメーカー的な存在で、男女問わず人気がある。

 明るいノリも真琴ちゃんに何処か似てて、一緒に話すと凄く楽しいのに不快な気分にはならない人。

 ほら、たまにいるじゃない。面白いことを言おうとして、誰かを傷つけていることに気が付かない人って。

 私はそういう人がとても苦手だけど、そんな部分は微塵も無い。

 あれ? でもなんか。

 クラスの外ではちょっと雰囲気変わるっていうか、答えた感じもいつもよりそっけないっていうか。

 仲の良い友達同士だからかな?

 少し、違和感があるような……。

「マジで?誰よ」

「―――千葉」

「千葉?うちのクラスの?」

「えー、何?千葉って羽鳥みたいのがタイプなんだー、ショックー」

 周りに居る男子の一人が、本気なのか嘘なのかそう嘆いてみせる。

 ちょっと髪の毛が長めの、不良っぽい人だ。怒ったら恐そう。

 まぁ、でもほら、やっぱり真琴ちゃんってば男の子に評判いいんじゃない。

 よかった、なんてホッと胸を撫で下ろす。と。

「興味ねーよ、あんな軽そうな女」
 
 ………。

 ハッ、と蔑むような笑いの混じった台詞が耳に入る。

 一瞬、誰の台詞だか解らなくなりそうだったけれど。

 今の声は。間違いなく。

 羽鳥君の声だった……?

「えー、そういうコト言う?千葉ってワリとレベル高くね?」

「男遊び激しそうじゃん。ビョーキとかうつされんのヤだし」

「贅沢言うなよ羽鳥ー…ま、お前にゃ言い寄ってくる女なんて沢山いるもんな」

 どくん、どくん。

 彼らの声に混じって、私の心臓の音が大きく響いている。

「何なら2万で買わね?いちおキープはしてあるからさ」

「え、何、2万だしたらヤらせてくれるってこと?」

「ああ、どうぞご自由に」

 どくん、どくん!

 まるで、その鼓動が彼らにまで聞こえてしまうのではないかと危ぶんだ時。

 私はそれ以上会話を聞いていることができなくて、途中の角を右に曲がり、電信柱の陰に隠れるように身体を寄せた。

 ……驚いた。いつも、教室で見ている羽鳥君の姿とは全然違って……。

 ううん、そんなことよりも。

 『何なら2万で買わね?』

 『え、何、2万だしたらヤらせてくれるってこと?』

 
ゾクリ、と、背筋に悪寒が走った。

 それって。それって、真琴ちゃんが、あの人に――ってこと、だよね?

 でも、だって……真琴ちゃんがそれで納得する筈ないじゃない。

 ふと、嫌な予感がした。

 もしかして………無理矢理……?

 『私、頑張るから。絶対、羽鳥君に好きになってもらうんだ』

 
私に気持ちを打ち明けてくれた日の、彼女の笑顔が頭を過ぎる。

 ……………。

 ―――酷い。

 私は急に恐ろしくなった。

 そして同時に、抑えきれない怒りがこみ上げてきた。

 酷いよ、羽鳥君。酷すぎる。

 
真琴ちゃんのこと、好きになれないだけならしょうがない。

 他人の気持ちはどうにもならないもの。それなら、仕方ないことだけど。

 『何なら2万で買わね?』

 どうしてこんな風に言われなきゃいけないの!?

 真琴ちゃんは真剣なのに。本気で、羽鳥君のこと好きなのに。

 その真琴ちゃんの気持ちを踏みにじるようなこと……。

「………」

 受け入れ難い現状を飲み込むかのように、私は唾を飲んだ。

 集団の話し声が遠ざかっていく。

 私はそっと、電信柱から身体を離すと、彼らと充分すぎるほどの距離をとる意味も兼ねて、ゆっくりと歩き出した。
 



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