My dearest friend (後編)



 (キリ55555作品。真琴と芽衣の学生時代の話です)







 

 「もしもし、千葉さんのお宅でしょうか?月島ですけれども―――」

 その日の夜、居た堪れなくなった私は、真琴ちゃんの家に電話をかけた。

「あ、芽衣ー?どしたの?」

「うん……」

 いつもの、明るい真琴ちゃんの声が受話器越しから聞こえてくる。

 きっと、先程私が聞いたものや見たものなど知らないだろうその受け答え。

 当たり前だよね……でも、何だか本題が切り出し辛くなった。

「何、どうしたの芽衣?ちょっと暗くない?」

「ううん……」

 ああ、どうしよう。言葉が、何も口から出てこない。

 『何なら2万で買わね?』

 『え、何、2万だしたらヤらせてくれるってこと?』


「……!!」

 リフレインする羽鳥君達の台詞を打ち消すように、私はぶんぶんと頭を振った。

 やめて。

 そんな風に言うのは。

「――ねぇ芽衣?具合でも悪いの?」

「……ううん」

 訊ねられたことに答えるので精一杯だった。

 だって、どういう風に伝えれば良いの?

 真琴ちゃんは、羽鳥君のことが好きなのに。

 たとえその羽鳥君があんな酷い人だとしても……。

「なーに、さっきから芽衣ってば『うん』とか『ううん』とかばっかり。」

 クスクスと笑い声が聞こえると、真琴ちゃんの笑顔がそのまま浮かんでくるみたいだった。

 私が告げなければならない言葉は、それを泣き顔に変えてしまうかもしれない。

 でも。真琴ちゃんがもっと傷ついてしまわないように、言わなきゃいけないんだよね。

 ゆっくり一度、深呼吸をする。

 他の誰も知らない。

 私が。

 私が言うしかないんだから―――。

「……あのね、真琴ちゃん」

 覚悟を決めたら、自分でも驚くくらいに落ち着いた声だった。

 最初はゆっくりと、選ぶように言葉を紡いでいく。

「何?」

「羽鳥君は、真琴ちゃんが思ってるような人じゃないよ」

「え?」

 きょとんとした声音が返ってくるけれど、予想は出来ていた。

 そして。

 今の間に用意した言葉を、まるで教科書を読み上げるようにスラスラと並べる。

「クラスではいつも明るくて楽しい人みたいだけど、不良っぽい人と付き合いがあるみたいなの。

 真琴ちゃんがそういう人たちと付き合うようになったら私も心配だし、やめておいたほうがいいかなって――」

「どうして?」

 私の『台詞』を遮る鋭い声が、耳に届く。

 その一言だけで、なんとか順調に滑らせていた言葉がピタリと止んでしまった。

 氷の矢のような、静かだけれども厳しい彼女の声音。

 直感で悟った。

 真琴ちゃんは怒っている。

 私に対して普段、滅多に怒らない真琴ちゃんが怒っている。

「どうして今になってそういうコト言うの?ねぇ芽衣、私を応援してくれてるんじゃなかったの?」

「お、応援してたよ……でもそういう人たちと付き合いがあるって聞いて」

「誰に聞いたの?」

「それは……」

 説明しようとして言葉に詰まった。

 『何なら2万で買わね?』

 『え、何、2万だしたらヤらせてくれるってこと?』


 何度思い出しても酷い台詞。

 『当の本人から聞いた』なんて言ったら、その酷い台詞まで告げなければいけない。

 ……だめ、できない。

 真琴ちゃんが聞いたら、そんなの悲しむだけなのに。

「どうして答えないのよ」

 困惑して黙り込む私を、真琴ちゃんが問い質す。

 さっきみたいに何か上手く理由をつければ良いんだということは、解っているけれど。

 一度ストップをかけられたことと、僅かな後ろ暗さがあって、また上手く言葉を運べなくなってしまう。

「どうして何も答えてくれないの、芽衣」

 再度、真琴ちゃんが訊ねる。

 『その人は近づいてはいけない人なんだよ』

 『真琴ちゃんのこと、利用しようとしてるんだよ』

 言葉は浮かんでくるのに、どうしても真琴ちゃんを傷つけてしまいそうで、なかなか言い出すことが出来ない。

 そんな歯がゆさを感じている時だった。

「もしかして芽衣、羽鳥君のことが好きなの?」

「!?」

 思いもよらない言葉に、受話器越しにも拘らず身体がびくりと跳ねた。

「ねぇ、そうなの?だからそんな事言うの?」

「ち、違うよ。そんなわけないじゃない」

 無意識のうち、首を左右に振りながら慌てて弁解する。

 そうじゃない。そうじゃないの。

「でも、じゃなきゃ他に反対する理由なんてないじゃない」

 真琴ちゃんは、退かない。

 口を開こうとするけれど、完全に羽鳥君を信用している彼女の耳には入らないだろうと思う。

 私には、何だかそれが急に悲しくなった。

 家族以外で一番信用できる人――それは私にとって真琴ちゃんなのに、真琴ちゃんにとっては違うんだ。

 ………私じゃ、ないんだ。

 そう思ったら、真琴ちゃんを説得しようという気持ちさえも、薄れてきてしまう。

 空気穴をつくった風船のように、しゅうっと音をたてて……しぼんでしまった。

「ちょっと、芽衣!?聞いてるの?」

 充分すぎるくらいに真琴ちゃんの声は聞こえている。

 でも。答える気力を失ってしまった。

 答える理由が、無くなってしまった様な気がして。

 再び黙り込む私に痺れを切らした真琴ちゃんが、ついに。

「芽衣がそんなんだったらもういい!!私ひとりでどうにかするから」

 ガチャン!

 乱雑な音をたてて、声が途切れた。

 私は、暫く無機質な電子音を聞いていたけれど、大きな溜息を一つついて、電話を切った。


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 真琴ちゃんのことを嫌いになったのでは決してなかった。

 だけど、真琴ちゃんはそう思っていないみたいだった。

 次の日、学校で会った彼女に挨拶をしたけれど、反応は……なかった。

 教室移動の時も、視線を合わせてくれず。

 いつも一緒に食べていたお昼ごはんも、その日は別々。

 結局、放課後まで一言も交わさずに、どんどん時間が過ぎてしまった。

 どうやら真琴ちゃんは先に帰ってしまったみたいだし―――こんな日は、初めてだ。

「芽衣ちゃん、真琴とケンカでもしたの?」

「珍しいね、いっつも仲良いのに」

 席でぼーっと頬杖をついていると、独りで居る私を見つけた友人達が寄ってくる。

 普段よっぽど一緒にいるんだと、言われて初めて気がついた。

 真琴ちゃんとこれほど接しないなんて本当に珍しい。

「私が悪いの」

 眉を顰める友人にそれだけ答えて、スクールバッグを肩にかける。

「ケンカの原因って何よ?」

「ごめんね、ちょっと今日は急ぐから。またね」

「ちょっとー、芽衣ちゃん!」

 おそらく心配してくれてるだろう友人達に軽く手を振って、それ以上は語らずに教室を出た。

 やや早足で、俯きがちに廊下を歩いていく。

 急ぎの用なんてないけど――原因を話すワケにはいかなかったし。仕方ないよね。

 無意識のうちに廊下を進む速度が上がり、ワケも無いのに駆け出す私。

 今日一日で気が付いたことがあった。

 私ってば、真琴ちゃんと話してないだけで……随分口数が減ってしまうんだなぁ。

 改めて、高校生活においての真琴ちゃんの存在の重さを感じた。

 だからこそ。真琴ちゃんの中での、私の存在が気になった。

 そして……だからこそ。昨日、卑屈になって何も言えなくなってしまったんだ。

「ねぇ、今日どっか寄っていこうよぉ」

「いーよ、どうする?あたしはケーキたべたい!」

 下駄箱を通れば賑やかな話し声が聞こえてくる。

 すれ違う生徒達は、皆。傍の気の許せる友人とのお喋りを楽しんでいるみたいだ。

 普段は私も、彼女たちと同じ側にいるのに……なんだか仲間はずれにされている気分になる。

 ごめんね、真琴ちゃん。怒らせるつもりはなかったのに。

 ……ただ、真琴ちゃんが心配だった。それだけ。本当だよ。

 昨日の電話を思い出すだけで、落ち込んできてしまう……胸が、痛い。

「月島さん?」

 と、扉の前で誰かに呼び止められる。私は俯けていた顔を上げて、反射的に振りかえった。

 そして、息の切れたかすれた声でその人の名前を呼んだ。

「は……羽鳥君…?」

「今帰り?」

 にっこりと笑顔を浮かべて、目の前の羽鳥君が私に笑いかける。

 裏表の無さそうで、クラスでは好感度の高い笑顔。

 でも、私には……昨日のあの素顔を見てしまった後では、何となく怖く感じたけれど。

「え、う、うん、そうだけど」

 やだ、慌てる必要なんかないのに、舌がもつれて上手く喋れない。

「そっか。今日は千葉さん、一緒じゃないの?」

 どうやら、彼は真琴ちゃんを探しているらしく、周囲をキョロキョロと見回している。

「……うん」

「そうなんだ。残念」

 真琴ちゃんが居ないと知れば直ぐ、またねと手を振って踵を返そうとする。

「ま、真琴ちゃんにっ」

「え?」

「あ、あの」

 私は彼を引き止めていた。不思議そうに羽鳥君が向き直る。

「真琴ちゃんに、何か用が……?」 

「ううん、別に」

 綺麗な笑顔をキープしたままで羽鳥君が答えた。けれど。

「………!」

 私にはその時、見えてしまった。

 扉の外に、昨日羽鳥君と一緒に帰っていた男の子達を。

 『何なら2万で買わね?』

 『え、何、2万だしたらヤらせてくれるってこと?』

 瞬間、あの時の台詞がリフレインした。

 何で早く気が付かなかったんだろう。真琴ちゃんを探してるってことは。

 真琴ちゃんを探してるってことは……!!

 考えに達した瞬間、堪え切れない怒りが私の身体を支配する。

「…………ください」

「え?」

「真琴ちゃんに変なことするの、やめてくださいっ……」

 消え入りそうなほど小さな声だったけれど、私ははっきりとそう言っていた。

 よくそんな勇気があったと思う……授業中の発言さえも恥ずかしいと思う私なのに。

 自分でも、自分の行動がよくわからなかった。


「変なことって? 別に何もしないよ。あはは、月島さん何言ってるの?」

 ぷっとふき出して笑ってみせる羽鳥君。当然、私は信じなかった。

 その笑みがニセモノだってこと、もう知ってるんだから。

 再び口を開く。

「真琴ちゃん、本当に羽鳥君のこと、大好きなんです。私が言うのも何か違う気がするけれど……だから、

そんな真琴ちゃんの気持ちを裏切るようなこと、しないでください!」

 知らない間に目が潤んでいた。それだけ、必死だった。

「………」

 私の言葉に、羽鳥君の表情が無くなっていく。すると直ぐに。

「おい羽鳥。千葉は?」

「約束だろ、まだ見つかんねーのかよ」

 待ちきれなくなった様子で、昨日見かけた面々が此方へとやってくる。

 4、5人……やだ、昨日よりも多くない?

 親友の真琴ちゃんに関係することじゃなかったら、今すぐにでもここから逃げ出したくなった。

「んー、なんか居ないみたいだぜ」

 あーあ、等と呟きながら羽鳥君が溜息をついてみせる。

 そして私へと視線を向けると、

「月島さん、何を知ってるか解らないけどさ、千葉によけーなこと言うなよな?

何なら、千葉の替わりに、アンタを招待してやってもいいんだけど?」

 ニコリともしないで羽鳥君が言い放った。

 彼の変貌ぶりは知っていたけれど、いざ目の当たりにすると驚きで言葉が出なくなってしまう。

 ……背中が、ヒヤリとした。

 どうしよう。こんなに男の人が沢山居るってだけで、もう恐いのに。

 足が震えて力が入らない。ともすれば腰が抜けてしまいそう――情けないけど。

 私はどうなってしまうんだろう?

 頭がショート寸前になった時、いつもの、あの聞きなれた声が降って来た。

「招待するまでもなく、来て上げたわよ?」

 二階へと続く階段からゆっくりと、声の主が階段を下ってくる。

 声の主――それは、私の親友。

「ま、真琴ちゃん!」

 靴音を立てて私達の前で立ち止まる。

 すると、取り繕うように、羽鳥君が笑顔に戻った。

「あの、手紙のことだけど千葉さ――」

「私の友達、返して貰いにきただけよ。羽鳥君、あの告白のことは忘れて?」

 真琴ちゃんも、同じように微笑んでみせる。空気はギスギスとしているのに、変な感じだった。

「ほら、ぼーっとしてないの。芽衣、行くよ」

「あ……」

 ぐいっと腕を引っ張られて、扉の外へと連れて行かれる。

 後ろを確認すると、羽鳥君を含む5,6人が呆然としていた。

「ま、真琴ちゃん、!出てったら後で追っかけられちゃうかもしれないよ!」

 ずんずんと前を行く真琴ちゃんの後姿を見遣りつつ、私が言う。

「こんな明るくて人の居る時間に何が出来るっていうのよ。周りは生徒がいるでしょ」

「そ、そっか」

 考えてみればそうかもしれない。

 周囲に居る生徒の事を考えれば、羽鳥君も強行手段をとったりはしないと思うし。

「………」

「………」

 それから。

 真琴ちゃんは私の腕を掴んで歩いたまま、何も言わなかった。

 私も、そんな真琴ちゃんについていくだけだった。

 駅までの帰り道、車の音や雑音だけが私たちの沈黙をかき消してくれている。

 どうしよう。何を言ったらいいんだろう?

 何を言ったら、真琴ちゃんとまた元通りに話せるようになるのかな。

「………真琴ちゃん、ごめんね」

 不意に口を吐いた言葉はそれだった。

「何で芽衣が謝るのよ?」

 掴んでいた腕を解くと、振り向いた真琴ちゃんがちょっと厳しい口調で言い返す。

「悪いのは私じゃない。芽衣の忠告きかないで、あんなヤツのためにうだうだ悩んだ私が悪いんでしょ?

 なのにどうして芽衣が謝るのよ」

「あ……ごめ――」

「だーから!芽衣が謝る必要は無いんだってば!!」

 謝罪の言葉が出てしまうのは昔からの習性。

 真琴ちゃんの言うことはもっともなんだけど……。

「……でも、ありがと。それにごめんね」

 真琴ちゃんは、呆れ顔を目一杯の笑顔に変えて言った。

「芽衣を信じなかった私が悪かったのよねー……。反省してます。だから」

 じっと私の瞳を覗き込む真琴ちゃん。

 小さく息を吐いて、続けた。

「―――――まだ、私の親友でいてくれる?」

 

  勿論、私の答えは決まっている。

  躊躇なくこくんと頷くと、私達はどちらともなく再び歩き出した。
















えーと、もうリク頂いたの大分昔で申し訳ないです…(滝汗)
Noine様、こんな感じで宜しかったでしょうか…??
しぐなる初めてどんだけ経ってるんでしょう(笑)いや笑えませんごめんなさい…(涙)

ichigo